


遺産に借金があるとき、相続税の計算では「債務控除」という仕組みで、プラスの財産から借金を差し引くことができます。
課税されるのは差し引き後の正味の財産です。借金が多いほど相続税は減り、借金が財産を上回れば相続税はかかりません。
ただし、税金の心配より先に考えるべきことがあります。借金そのものも相続の対象で、何もしなければ相続人が返済義務を引き継ぐという事実です。
借金を相続したくない場合は、相続放棄や限定承認という選択肢があります。その期限は原則、相続を知ってから3ヶ月しかありません。
つまり「借金がある遺産」への対応は、借金の全体像の調査、相続するかどうかの判断、相続税の計算という3段階を、短い期限の中で進める必要があります。
一方で「借金をすると相続税対策になる」という話も広く知られていますが、これは半分正しく、半分は誤解です。
本記事では、借金がある遺産の調査方法、相続する・しないの3つの選択肢、債務控除の仕組みとパターン別の税額シミュレーションを解説します。
▼ この記事の3行まとめ

最初に全体像を示します。借金がある遺産への対応は「調査→相続するかの判断→相続税の計算」の順番がすべてです。
まず税金の心配から整理しましょう。相続税は、プラスの財産から借金などのマイナスの財産を差し引いた「正味の遺産」に課税されます。
この差し引きが債務控除です。借金の分だけ課税対象が減るため、借金がある遺産の相続税は、借金がない場合より必ず軽くなります。
差し引き後の正味の遺産が基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)以下なら、相続税はかからず、申告も原則不要です。
「借金があるのに相続税まで取られる」という事態は、仕組み上ほとんど起こりません。税金は二の次で構いません。
むしろ借金の存在は、相続税の面ではプラスに働きます。同じ財産規模なら、借金がある遺産のほうが納税額は軽くなるからです。
重要ポイント:本当に警戒すべきは税金ではなく「借金そのものの引き継ぎ」です。相続税の計算より先に、借金を相続するかどうかの判断が必要になります。
相続するかどうかの判断軸は、シンプルにいえば1つです。プラスの財産と借金を比べて、差し引きがプラスかマイナスかです。
この判断を正しく行うには、プラスとマイナスの両方の財産を、漏れなく調査することが大前提になります。
調査が甘いまま相続してしまい、後から想定外の借金や保証債務が見つかるのが、最も典型的な失敗パターンです。
重要ポイント:判断に迷うグレーゾーン(借金と財産が拮抗している場合)ほど、専門家の助けを借りる価値があります。判断を誤ったときの損失が大きいからです。
この判断には期限があります。相続放棄・限定承認ができるのは、原則として「自分のために相続があったことを知ってから3ヶ月以内」です。
3ヶ月を過ぎると自動的に単純承認となり、借金を含むすべての遺産を無条件で相続したことになります。
四十九日などの法要が落ち着いてから動き始めると、実質的に使える時間は2ヶ月を切ることも珍しくありません。
信用情報の開示に1〜2週間、相続放棄の書類集めにも数週間かかることを考えると、逆算のスケジュール管理が欠かせません。
借金の気配が少しでもあるなら、葬儀後できるだけ早く調査を始めてください。この初動の早さが、選択肢を守ります。
注意:3ヶ月以内に調査が終わらない場合は、家庭裁判所に「熟慮期間の伸長」を申し立てれば期限を延ばせる可能性があります。間に合わないと諦める前に、必ず検討してください。

「借金は本人が死んだら消える」は誤解です。借金は相続人に引き継がれ、しかも法律上の扱いには直感に反するルールがあります。
相続が発生すると、預金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も相続の対象になります。
ここで重要なのは分割のルールです。金銭の借金は、相続と同時に法定相続分に応じて各相続人へ自動的に分割されます。
たとえば1,200万円の借金を配偶者と子2人が相続すると、配偶者600万円・子各300万円の返済義務を、それぞれが当然に負います。
債権者はこの割合で、各相続人に直接請求できます。「自分は財産を何ももらっていない」という事情は、請求を拒む理由になりません。
遺産分割協議を待たず、相続の瞬間に分割される点が、プラスの財産との大きな違いです。
重要ポイント:「何もしていないから関係ない」は通用しません。相続放棄をしない限り、借金の分担は法律上すでに始まっています。
相続人同士で「借金はすべて長男が引き継ぐ」と合意することはできます。しかし、この合意には重大な限界があります。相続人の内部でしか効力を持たないのです。
相続人の間の取り決めは、債権者(お金を貸した側)には対抗できません。
債権者は協議の内容に関係なく、各相続人へ法定相続分どおりの返済を請求できます。「長男が払うと決めたので」という主張は、債権者には通らないのです。
債権者の同意を得て債務引受の手続きをすれば一本化もできますが、同意を得られるかは債権者しだいです。引き受ける人の返済能力が審査されるのが通常です。
借金の分担を協議で決める場合は、対外的には各自が責任を負い続けることを前提に、内部の精算方法として考えてください。
注意:「借金を引き継がない代わりに財産ももらわない」という内容の遺産分割は、相続放棄の代わりにはなりません。借金から確実に離れるには、家庭裁判所での相続放棄が必要です。
相続されるのは本人の借金だけではありません。故人が他人の借金の保証人・連帯保証人になっていた場合、その保証人の地位も相続されます。
保証債務が怖いのは、主債務者が順調に返済している間は表面化せず、何年も後に突然請求が来ることがある点です。
友人の事業資金の連帯保証、賃貸契約の保証人、会社経営者なら会社借入の個人保証など、書類が残りにくい保証もあります。
保証債務は信用情報機関にも記録されないことが多く、調査の網から漏れやすい存在です。相続放棄の判断では、この「見えない債務」の可能性まで織り込む必要があります。
相続の判断前には、借用書や契約書だけでなく、保証に関する書類や手帳のメモまで丁寧に確認しましょう。
重要ポイント:故人が会社を経営していた場合、会社の借入に個人保証を入れているのが通常です。経営者の相続では、会社の借入状況の確認まで必須と考えてください。
借金が見つかっても、すぐに絶望する必要はありません。古い借金は、消滅時効が完成している可能性があります。
借金の時効は、原則として最後の返済や請求から5年(2020年の民法改正前の借入は5〜10年)です。
時効期間が過ぎている借金は、「時効援用」の手続きをすることで、相続人でも支払いを免れられる場合があります。
時効の援用は、内容証明郵便で債権者に通知するのが一般的です。時効で消えた借金なら、相続放棄をせずに他の財産を相続する道も開けます。
ただし重大な注意があります。時効期間が過ぎた借金でも、一部を支払ったり「払います」と認めたりすると、時効を主張できなくなることがあるのです。
古い督促状が届いたら、支払いも返答もせず、まず弁護士や司法書士に時効の可能性を確認してもらいましょう。
注意:債権者は時効完成後でも請求すること自体はできます。「請求が来た=払う義務がある」ではありません。慌てて少額でも払うと時効の利益を失うため、対応前の専門家確認を徹底してください。

正しい判断は正しい調査から始まります。自宅で分かる手がかりと、信用情報機関への開示請求を組み合わせて、借金の全体像をつかみましょう。
調査の第一歩は、故人の身の回りにある手がかりの確認です。次の場所を順に確認してください。
特に通帳の履歴は情報の宝庫です。毎月同じ金額が同じ相手に引き落とされていたら、ローン返済の可能性を疑ってください。
亡くなった後も郵便物のチェックを続けましょう。返済が止まることで、数週間〜数ヶ月後に督促状が届き、借金が発覚することも多いからです。
故人が1人暮らしだった場合は、郵便局に転送届を出しておくと、届いた郵便物を漏れなく確認できます。
重要ポイント:不動産に抵当権が付いていても、借金が完済済みで登記だけ残っているケースもあります。抵当権を見つけたら、債権者に残高の有無を確認しましょう。
自宅の調査と並行して行いたいのが、信用情報機関への開示請求です。金融機関からの借入は、次の3つの機関のいずれかに記録されています。
| 機関名 | 主な加盟先 | 開示手数料の目安 |
|---|---|---|
| KSC(全国銀行個人信用情報センター) | 銀行・信用金庫 | 1,000円程度 |
| CIC | クレジットカード会社・信販会社 | 500〜1,500円程度 |
| JICC(日本信用情報機構) | 消費者金融など | 1,000〜1,300円程度 |
表の見方:機関ごとに加盟する業態が違うため、漏れなく調べるには3機関すべてに開示請求するのが原則です。相続人であれば、法定相続人であることを示す戸籍等を添えて請求できます。
郵送やインターネットでの手続きが可能で、費用は3機関合わせても数千円です。判断ミスのリスクを考えれば、必ずかけるべきコストといえます。
開示結果には、借入先・契約日・残高・保証の情報が一覧で載ります。「知らない借入先」が出てくることも珍しくなく、調査の確度が一気に上がります。
ただし、信用情報機関に載るのは加盟業者からの借入だけです。個人間の借金や保証債務、税金の滞納は記録されないため、自宅調査との併用が欠かせません。
注意:開示結果の取得までは1〜2週間程度かかることがあります。3ヶ月の熟慮期間から逆算し、調査は相続開始後すみやかに着手してください。
借入先が特定できたら、次は正確な金額の確認です。各債権者に連絡し、死亡日時点の残高証明書を発行してもらいます。
残高証明書は、相続の判断材料になると同時に、債務控除の金額を証明する資料として相続税申告でも使います。
請求時には、死亡の事実と相続人であることを示す戸籍謄本などが必要です。発行までの日数も見込んで、早めに動きましょう。
連絡の際は「相続するかどうか検討中」であることを伝え、返済の約束はしないでください。安易な返答が単純承認とみなされるリスクを避けるためです。
金融機関は死亡の連絡を受けると口座を凍結します。凍結後も残高証明書の発行や取引履歴の開示は可能なので、調査に支障はありません。
重要ポイント:未払利息も死亡日時点の金額で債務控除の対象になります。残高証明書は「元本+経過利息」が分かる形式で依頼すると、申告時に二度手間になりません。
調査の抜け漏れを防ぐため、以下を確認してください。
重要ポイント:プラスの財産(預貯金・不動産・有価証券・保険)の調査も同時に進めてください。判断に必要なのは「差し引き」であり、両方そろってはじめて比較できます。

調査で全体像がつかめたら、次は選択です。単純承認・相続放棄・限定承認の3つを比較し、差し引きの結果で選びます。
| 項目 | 単純承認 | 相続放棄 | 限定承認 |
|---|---|---|---|
| 引き継ぐ範囲 | 財産も借金もすべて | 何も引き継がない | 財産の範囲内で借金を引き継ぐ |
| 手続き | 不要(自動) | 家庭裁判所へ申述 | 家庭裁判所へ申述 |
| 期限 | ― | 3ヶ月以内 | 3ヶ月以内 |
| 誰が行うか | 各自 | 単独で可能 | 相続人全員で共同 |
| 向いているケース | 財産>借金が明らか | 借金>財産が明らか | どちらか分からない |
表の見方:基本の使い分けは最下段のとおりです。「限定承認は全員共同・相続放棄は単独可」という手続き要件の違いが、実務では選択を左右します。
単純承認は、プラスもマイナスもすべての遺産を無条件で引き継ぐ選択です。特別な手続きはなく、3ヶ月の期限を過ぎると自動的に単純承認になります。
注意すべきは、期限前でも単純承認が確定してしまう行動があることです。
遺産の預金を使う・不動産の名義を変える・形見分けの範囲を超えて財産を処分する。こうした行為は「相続した」とみなされ、以後の放棄ができなくなります。
借金の有無がはっきりするまでは、遺産に手を付けないのが鉄則です。
なお、葬儀費用を常識的な範囲で遺産から支払うことや、腐りやすい物の処分などの保存行為は、単純承認に当たらないとされています。線引きに迷う行為は事前に専門家へ確認しましょう。
注意:故人の借金を遺産から「少しだけ返済」する行為も、単純承認とみなされるリスクがあります。債権者から請求が来ても、判断が固まるまでは安易に支払わないでください。
相続放棄をすると、初めから相続人でなかったことになり、借金も財産も一切引き継ぎません。
家庭裁判所に申述書と戸籍などを提出する手続きで、他の相続人の同意は不要で、1人でも実行できます。
ただし、注意点が2つあります。1つは撤回できないこと。放棄後に大きな財産が見つかっても、原則として取り消せません。
もう1つは、放棄した分の相続権と借金の負担が、次の順位の相続人へ移ることです。子全員が放棄すれば親へ、親も放棄すれば兄弟姉妹へと連鎖します。
親族全体を借金から守るには、関係者に事前に知らせて、必要な範囲で順に放棄していく調整が必要です。
次順位の相続人の3ヶ月は「先順位の放棄を知ったとき」から始まります。連絡さえしておけば、順番に対応する時間は確保できます。
重要ポイント:相続放棄をしても、死亡保険金は受取人固有の権利として受け取れます。相続放棄と相続税の関係は、後の章と関連記事で詳しく解説します。
限定承認は、プラスの財産の範囲内でのみ借金を引き継ぐ選択です。財産を超える借金は返済不要で、自己資金を持ち出すことはありません。
借金の総額がどうしても把握しきれない場合や、自宅など手放したくない財産があり、相続放棄は避けたい場合に有効な制度です。
ただし実務上のハードルが高く、利用件数は多くありません。理由は次の3つです。
みなし譲渡とは、故人が死亡時に財産を時価で売ったとみなす税法上の扱いです。値上がりした土地や株があると、故人の譲渡所得として所得税がかかり、準確定申告(4ヶ月以内)が必要になります。
先祖代々の土地など取得費の分からない財産が多いほど、この課税は重くなりがちです。限定承認の検討時は、税負担の試算まで含めて損得を判断してください。
重要ポイント:限定承認は「迷ったときの万能策」に見えて、実行には全員の足並みと専門知識が必要です。検討する場合は早めに専門家へ相談してください。
相続放棄を選ぶ場合の、実際の手続きも確認しておきましょう。申述先は、故人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。
主な必要書類は次のとおりです。
提出後、裁判所から「照会書」が届くので、質問に回答して返送します。問題がなければ「相続放棄申述受理通知書」が届き、手続き完了です。
照会書には「放棄の理由」や「遺産に手を付けていないか」の質問があります。回答内容しだいで受理されないこともあるため、不安があれば専門家に添削してもらいましょう。
申述から受理までは通常1〜2ヶ月程度。3ヶ月の期限に間に合わせるには、書類集めを含めて早めの着手が必要です。
重要ポイント:債権者から請求が来たら、受理通知書のコピーを送れば支払いを拒めます。通知書は再発行されないため、原本は大切に保管してください。
借金がある相続では、性質の異なる3つの期限が同時に進行します。時系列で整理しておきましょう。
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前半の3ヶ月に判断が集中する構造です。ここを乗り切れば、残りの期間は相続税の計算と申告に充てられます。
重要ポイント:3つの期限はどれも「相続を知った日」起点で自動的に進みます。迷っている時間も期限は減り続けることを意識してください。

相続すると決めたら、次は相続税の計算です。借金は債務控除としてプラスの財産から差し引かれ、課税対象を直接減らします。
相続税の課税対象は「プラスの財産-債務・葬式費用」で計算した課税価格です。そこから基礎控除を引いた残りに税率がかかります。
具体例で確認しましょう。財産8,000万円(預金5,000万円+不動産3,000万円)、借金2,000万円、葬式費用200万円、相続人は子2人のケースです。
課税価格は8,000万円-2,000万円-200万円=5,800万円。基礎控除4,200万円を引いた1,600万円が課税遺産総額になります。
相続税の総額は160万円です。もし借金と葬式費用の控除がなければ470万円なので、債務控除だけで310万円の差が生まれる計算です。
控除は自動では反映されません。申告書の「債務及び葬式費用の明細書」に借入先・金額を記載し、残高証明書などの資料で裏付ける必要があります。
計算ロジック:【前提】財産8,000万円・借金2,000万円・葬式費用200万円・子2人。課税価格5,800万円-基礎控除4,200万円=1,600万円。各800万円×10%=80万円×2人=160万円(相続税率10〜55%・2026年時点)。
債務控除の対象になるのは、死亡時点で確定している債務です。主な区分は次のとおりです。
| 区分 | 具体例 |
|---|---|
| 控除できる | 金融機関・消費者金融からの借入、クレジットカードの未払い、未払いの税金・医療費・家賃、事業上の買掛金 |
| 控除できない | 保証債務(原則)、団信で完済される住宅ローン、墓地・仏壇の未払金、遺産分割にかかる費用 |
表の見方:「借金」以外にも未払いの税金や医療費まで控除できる一方、保証債務と団信付き住宅ローンは原則控除できません。この2つは次章で詳しく説明します。
控除できる債務・できない債務の全リストと細かい判定は、下記の記事で解説しています。

債務控除には「誰が使えるか」のルールもあります。対象は、相続人と包括受遺者(遺言で財産を包括的に受け取る人)です。
遺言で特定の財産だけを受け取った相続人以外の人(特定受遺者)は、原則として債務控除を使えません。
また、控除できるのは実際にその債務を負担する人です。長男が借金を引き継ぐなら、控除も長男の取得財産から行います。
誰が債務を負担するかで各相続人の税額が変わるため、遺産分割協議では借金の分担も財産とセットで決めるのが実務です。
たとえば「不動産を相続する人がそのローンも引き継ぐ」という組み合わせなら、財産と控除の対応が明確で、税務上も自然な分担になります。
なお、相続放棄をした人は相続人でなくなるため、債務控除は使えません。葬式費用だけは、放棄した人が負担した場合でも控除が認められます。
重要ポイント:「財産はもらわないが借金だけ引き受ける」という分担では、控除しきれない部分が出ることがあります。分担の設計は税額への影響込みで税理士に確認しましょう。
債務ではありませんが、葬式費用も課税価格から差し引けます。通夜・葬儀の費用、火葬・埋葬の費用、お寺へのお布施などが対象です。
一方、香典返しや初七日・四十九日など法要の費用、墓石の購入費は対象外です。線引きを誤りやすいポイントです。
控除には金額の証明が必要になるため、葬儀関係の領収書は必ず保管してください。葬儀費用は100万〜200万円規模になることが多く、控除のインパクトも小さくありません。
お布施や心付けなど領収書が出にくい支出は、支払日・支払先・金額のメモを残しておけば認められるのが実務です。
重要ポイント:債務控除を使えるのは、原則としてその債務や葬式費用を実際に負担する相続人です。誰が負担したかの記録も、領収書とセットで残しましょう。

借金の額によって、相続税がどう変わるかを試算します。借金が財産を上回れば相続税はゼロですが、その場合は納税より放棄の検討が先です。
【前提】プラスの財産1億円、法定相続人は子2人(基礎控除4,200万円)。遺産は均等に取得し、他の控除は考慮しない単純計算です。
【比較する3パターン】
パターンA:借金1,000万円(財産の1割)
パターンB:借金5,000万円(財産の半分)
パターンC:借金1億2,000万円(財産を2,000万円上回る)
| パターン | 課税価格 | 相続税の総額 | とるべき対応 |
|---|---|---|---|
| A:借金1,000万円 | 9,000万円 | 620万円 | 相続して債務控除 |
| B:借金5,000万円 | 5,000万円 | 80万円 | 相続して債務控除 |
| C:借金1億2,000万円 | 0円 | 0円 | 相続放棄を検討 |
表の見方:同じ財産1億円でも、借金の額で相続税は620万円から0円まで変わります。パターンCは相続税ゼロでも、相続すれば2,000万円の借金だけが残るため、選ぶべきは放棄の検討です。
計算ロジック:【A】課税遺産4,800万円→各2,400万円×15%-50万円=310万円×2人=620万円。【B】課税遺産800万円→各400万円×10%=40万円×2人=80万円(相続税率10〜55%・2026年時点)。
借金がある相続では、生命保険金の存在が計算を複雑にします。パターンCの応用で確認しましょう。
財産1億円・借金1億2,000万円に加えて、死亡保険金3,000万円(受取人:子)があるケースです。
保険金はみなし相続財産として課税対象に加わります。相続財産の差し引きはマイナス2,000万円ですが、マイナス分を保険金から差し引くことはできず、課税価格は保険金側で計算されます。
非課税枠(500万円×2人=1,000万円)を引いた2,000万円が課税価格となり、基礎控除4,200万円以下なので、このケースでは相続税ゼロです。
なお、相続放棄をして保険金だけ受け取る場合は非課税枠が使えず、3,000万円がまるごと課税価格になります。それでも基礎控除以下なら税額はゼロです。
ただし保険金がより大きければ課税もあり得ます。「全体はマイナスなのに相続税が発生する」という逆転現象が起こるのは、この構造のためです。
計算ロジック:【前提】債務超過2,000万円・保険金3,000万円・子2人。課税価格=保険金3,000万円-非課税枠1,000万円=2,000万円(債務超過分との相殺は不可)。基礎控除4,200万円以下のため税額0円(2026年時点)。
債務控除の結果、課税価格が基礎控除以下になれば、相続税はかからず申告も原則不要です。
この点は、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減と大きく異なります。特例は「申告して初めて使える」のに対し、債務控除は申告なしでも当然に反映されるからです。
ただし「申告不要」と判断するには、財産と債務の正確な把握が前提です。財産の評価誤りや借金の見落としで、実は基礎控除を超えていたというケースもあります。
基礎控除との差が小さい場合は、税理士に判定を依頼するのが安全です。
「本当は申告が必要だったのに申告しなかった」となると、無申告加算税や延滞税の対象になります。ギリギリのラインこそ、プロの確認に価値があります。
重要ポイント:債務控除後の財産で納税資金が足りるかも早めに確認を。納税が難しい場合の対処は、下記の記事で解説しています。
相続税が払えないときの選択肢と優先順位は、下記の記事で解説しています。


借金の中には、税務上の扱いが直感と異なるものがあります。保証債務・団信・親族間借入・相続放棄との関係は、特に誤解が多い4大論点です。
故人が保証人だった場合、保証人の地位は相続されますが、保証債務は原則として債務控除の対象になりません。
理由は、保証債務は「主債務者が払えなくなったら払う」という不確定な債務だからです。死亡時点で支払いが確定していない以上、控除できないのが原則です。
例外として、主債務者がすでに弁済不能で、保証人が肩代わりせざるを得ず、求償しても回収できない状況なら、控除が認められることがあります。
連帯債務(複数人で同じ借金を負う形)の場合は、故人が負担すべき部分の金額だけ控除できます。
注意:「控除できない」ことと「返済義務がない」ことは別問題です。控除できない保証債務でも、相続すれば将来請求されるリスクは引き継ぎます。相続判断の段階では、控除の可否より債務の存在自体を重く見てください。
住宅ローンの多くには団体信用生命保険(団信)が付いています。契約者が亡くなると保険金でローンが完済される仕組みです。
団信で完済されるローンは、遺族が返済する必要がないため、債務控除の対象にもなりません。
「住宅ローンが3,000万円残っているから債務控除で節税できる」という期待は、団信がある限り成立しないので注意してください。
逆に、団信に入っていない住宅ローンやアパートローンは、通常どおり債務控除の対象です。まずローンに団信が付いているかを金融機関に確認しましょう。
一方、ローンが消えた自宅はプラスの財産として課税対象になります。住宅ローンと相続税の関係は、下記の記事で詳しく解説しています。

故人が家族や親族からお金を借りていた場合、その借金も債務控除の対象になり得ます。ただし、税務署のチェックは厳しめです。
親族間の貸し借りは、「実態のない貸し借り」つまり控除目的の名目上の借金と疑われやすいためです。
控除を認めてもらうには、実態を示す証拠が必要です。
書類も返済実績もない「言い分だけの借金」は、税務調査で否認されるリスクが高いと考えてください。
否認されると債務控除が取り消され、過少申告加算税や延滞税の対象になることもあります。証拠が弱い借入は、申告前に税理士へ相談して扱いを決めましょう。
重要ポイント:これから親族間でお金を貸し借りする場合は、契約書の作成と振込での授受を徹底しましょう。将来の相続時に、家族を守る証拠になります。
借金を理由に相続放棄をする場合でも、死亡保険金は受け取れます。保険金は受取人固有の財産であり、相続財産ではないからです。
「借金は放棄して、保険金だけ受け取る」という選択は、法律上まったく問題ありません。
債務超過の相続では、この組み合わせが遺族の生活を守る現実的な着地点になることも多く、放棄を検討する際は保険契約の有無を必ず確認すべきです。
ただし税務上の注意が2つあります。まず、受け取った保険金は「みなし相続財産」として相続税の課税対象になります。
さらに、相続放棄をした人は「500万円×法定相続人の数」の非課税枠を使えません。放棄しても法定相続人の数には数えられる一方、自分は枠を使えないという非対称な扱いです。
相続放棄と相続税の関係の全体像は、下記の記事で解説しています。

参照元:国税庁 No.4114 相続税の課税対象になる死亡保険金

ここからは生前対策の視点です。「借金をすると相続税が減る」という通説は半分ホントで半分ウソ。効果の正体を数字で確かめます。
まず「ウソ」の部分から。借金をするだけでは、相続税はまったく減りません。
理由は単純です。5,000万円を借りると、債務5,000万円が増えると同時に、手元の現金も5,000万円増えます。
プラスとマイナスが同額で増えるため、課税対象である正味の財産は1円も変わりません。
それどころか、借入には利息がかかります。「借金だけ」の状態は、利息の分だけ財産を減らす、純粋に損な行為です。
「借金=債務控除で節税」というイメージは、借りたお金が財産側にも同額残ることを見落とした誤解です。この原理を押さえるだけで、怪しい節税話の大半は見抜けます。
計算ロジック:【前提】財産1億円の人が5,000万円借入。財産1億5,000万円-債務5,000万円=正味1億円で借入前と同じ。課税価格は不変のため、相続税も不変です。
では「ホント」の部分はどこか。借金で評価額の低い資産を買った場合に、はじめて相続税が減ります。
不動産の相続税評価額は時価より低いのが一般的です。建物は建築費の5〜7割程度、賃貸に出せばさらに約3割下がります。
たとえば借金5,000万円でマンションを購入し、相続税評価額が3,000万円だったとします。債務5,000万円に対して財産は3,000万円しか増えず、正味の財産が2,000万円圧縮されます。
この2,000万円の圧縮が節税の正体です。効いているのは「時価と評価額の差」であって、借金ではありません。
だからこそ、買った資産の価値が下がれば節税どころか損失になります。「評価差」と「資産価値の維持」の両方が成立してはじめて、対策として成功といえます。
計算ロジック:【前提】借入5,000万円でマンション購入・評価額は時価の6割。財産+3,000万円と債務+5,000万円の差額2,000万円だけ正味財産が減少。税率30%の層なら約600万円の税額減に相当します(2026年時点)。
評価差の仕組みをもう一段深掘りします。購入・建築した物件を賃貸に出すと、評価はさらに下がります。
賃貸中の建物は「貸家」として、借家権割合30%分の評価減が入ります。評価6割の建物なら、賃貸でさらに3割引きの約4割まで下がる計算です。
敷地も「貸家建付地」として評価が下がり、要件を満たせば小規模宅地等の特例(貸付事業用は200㎡まで50%減)の上乗せも狙えます。
1億円で建てた賃貸アパートの評価が4,000万円台まで下がるのは、この重ね掛けの結果です。借金と組み合わせれば、正味財産を5,000万円以上圧縮できる計算になります。
ただし、評価が下がるほど「実際の価値とのギャップ」に依存した対策になり、賃貸経営の失敗や税制改正の影響を受けやすくなる点は忘れないでください。
重要ポイント:相続・贈与の直前に取得した貸付用不動産には、取得価額ベースで評価する令和8年度改正(2027年以降の相続に適用)など、行き過ぎた圧縮への規制が強まっています。最新ルールの確認は必須です。
ここで重要な結論が導けます。同じマンションを手持ちの現金5,000万円で買っても、評価の圧縮効果はまったく同じです。
現金5,000万円が評価3,000万円の不動産に変わるので、正味財産は同じく2,000万円減ります。
借金の役割は、手元資金がなくても資産の組み替えを実行できるようにする「手段」だけです。借金そのものに節税効果はありません。
手元に十分な現金があるなら、利息を払ってまで借金する理由はないことになります。
借入が合理的なのは、現金を手元に残して納税資金や生活資金を確保したい場合など、資金繰り上の理由があるときに限られます。
「銀行から借りてアパートを建てましょう」という提案を受けたら、借金ありきではなく「資産の組み替え自体が得か」で判断してください。
重要ポイント:建築会社や金融機関の提案は、建築・融資が成立してはじめて利益になる立場からのものです。判断の前に、利害関係のない税理士のセカンドオピニオンを挟みましょう。

借金×不動産の対策は、効果が大きい反面、失敗すると損失も大きくなります。典型的な失敗パターンとリスクを、実行前に必ず確認してください。
【失敗1:アパート経営が長期的に赤字化】
建築当初は満室でも、10年20年と経つうちに空室が増え、修繕費もかさむ。家賃収入より返済と維持費が上回り、節税額を超える損失で資産全体が目減りした。
対策:立地の賃貸需要を第三者データで検証する。建築会社の収支予測を鵜呑みにしない。
【失敗2:返済が進んで効果が消えていた】
借入直後は債務控除が大きいが、返済が進むほど債務は減り、対策効果は年々縮小する。完済後に相続が発生し、「利息を払っただけ」の結果になった。
対策:対策は「建てたときがゴール」ではない。定期的に効果を再試算し、必要なら追加対策を検討する。
【失敗3:納税資金が足りなくなった】
現金を不動産に変えすぎて、いざ相続が発生したとき、相続税を払う現金が遺産に残っていなかった。不動産は売り急ぐと安くなり、二重の損失になった。
3つに共通するのは、「相続税」だけを見て「資産全体の収支」を見ていないことです。節税できても資産が減っては本末転倒です。
さらに見落としがちなのが、残された家族の負担です。借金付きの賃貸物件を相続した家族は、経営の知識がないまま返済と管理を引き継ぐことになります。
借入で対策する場合、金利の動きが損益を直接左右します。
たとえば5,000万円を借りている場合、金利が1%から3%に上がると、年間の利息負担は約50万円から約150万円へ、100万円も増えます。
返済期間が長いほど影響は累積し、10年で1,000万円規模の差になることもあります。数百万円の節税額なら、利息だけで簡単に消えてしまう規模です。
「節税額-支払利息-維持コスト」がプラスで初めて成功です。この収支を出さないまま実行するのは、対策ではなくギャンブルに近いといえます。
変動金利で借りる場合は、金利上昇時のシミュレーションまで含めて判断してください。
近年は金利の上昇局面が続いており、「低金利だから借りて対策」という前提自体が崩れつつあります。過去の成功例をそのまま当てはめるのは危険です。
計算ロジック:【前提】借入残高5,000万円・元本一定の単純計算。年間利息=5,000万円×金利。1%なら50万円、3%なら150万円。差額100万円×10年=約1,000万円(実際は返済で残高が減るため目安)。
借入を伴う相続税対策を実行する前に、以下を確認してください。
重要ポイント:1つでも確認できていない項目があるなら、契約を急がないでください。相続税対策の失敗は、相続人が数十年背負うことになります。

借金がある相続は、判断の期限が短く、誤りのコストが大きい案件です。一括相談・見積りで複数の税理士に同時相談し、調査から申告まで頼れる依頼先を早く確保しましょう。
借金がある相続の相談では、税理士の調査力と判定の精度が結果を左右します。
たとえば財産8,000万円・借金の総額が不明な相続。A税理士は判明分の借金1,000万円だけで申告と判定。B税理士は信用情報の開示と保証債務の調査を指示し、追加で3,500万円の債務を発見。債務控除の追加で相続税が数百万円単位で減りました。
調査の深さが、相続するかどうかの判断と税額の両方を動かすのです。
3ヶ月の期限がある案件では、初動で頼る専門家を間違えるリカバリーの時間もありません。最初から複数の候補を比較する価値があります。
複数の税理士から見積りを取ると、次の3つの判定ポイントで実務力を比較できます。
判定ポイント1:債務調査の具体的な指示があるか。A税理士は「借金があれば教えてください」のみ、B税理士は信用情報3機関の開示手順と登記の確認まで指示 → B税理士の方が、債務がある案件の経験が豊富と判定できます。
判定ポイント2:相続放棄の選択肢まで示すか。申告ありきではなく「放棄したほうが得なライン」を数字で示せるか → 損益分岐を示せる税理士の方が、依頼者の利益を軸に判断していると判定できます。
判定ポイント3:弁護士・司法書士との連携があるか。相続放棄・限定承認・債権者対応は法律職の領域のため、連携体制の有無で対応範囲が変わる → 連携のある事務所の方が、借金相続をワンストップで進められます。
1人の税理士だけに相談すると、調査の深さも判定の妥当性も、比較する物差しがありません。
債務の調査が浅ければ、控除できたはずの借金を漏らして税金を払いすぎるか、逆に借金を見落としたまま相続してしまうかの、どちらかのリスクを抱えます。
特に後者は深刻です。単純承認が確定した後に大きな借金が見つかっても、原則として相続放棄には戻れません。
3ヶ月というタイムリミットの中でこそ、複数の専門家の目で判断を検証する価値があります。
| チェック項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 提案内容 | 債務調査の手順と、相続放棄を含めた選択肢の提示があるか |
| 試算の前提 | 債務控除・葬式費用まで織り込んだ税額か。放棄のラインを示しているか |
| 報酬額 | 調査・申告・他士業連携まで含めた総額か |
重要ポイント:報酬の安さより「調査の深さ」を優先してください。見落とされた借金1つで、報酬差の何十倍もの損失になり得ます。
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重要ポイント:借金がある相続は税務と法務の複合案件です。士業連携のある事務所なら、放棄の手続きから申告までワンストップで進められます。
重要ポイント:完璧にそろえる必要はありません。「どこまで分かっていて、何が不明か」を伝えられれば、調査の設計は専門家がしてくれます。
原則ありません。債務控除で借金を差し引いた課税価格がマイナスなら、相続税はゼロです。
ただし、生命保険金などのみなし相続財産が大きい場合や、債務控除できない借金(保証債務・団信のローンなど)が多い場合は、見た目の差し引きと課税計算が一致しないことがあります。判定は税理士に確認してください。
あなたの相続分は、他の相続人や次の順位の相続人に移ります。子全員が放棄すれば親へ、親も放棄すれば兄弟姉妹へと順に移っていきます。
親族に黙って放棄すると、突然の請求で関係がこじれる原因になります。放棄する際は、影響が及ぶ親族へ事前に知らせるのがマナーです。
諦めるのは早いです。借金の存在を知らず、知らなかったことに相当の理由がある場合、借金を知ってから3ヶ月以内の相続放棄が認められることがあります。
ただし認められるかは個別判断で、遺産に手を付けていると難しくなります。督促状が届いたら何も支払わず、すぐに弁護士へ相談してください。
故人が消費者金融などに長年返済していた場合、払いすぎた利息(過払い金)を取り戻せることがあります。過払い金の返還請求権はプラスの財産として相続されます。
借金に見えても実は取り戻せる資産だった、というケースもあるため、古い借入は取引履歴を取り寄せてから判断すると安全です。なお、取り戻した過払い金は相続財産として課税対象になります。
団信の保険金でローンは完済されるため、遺族に返済義務は残りません。その代わり、債務控除の対象にもなりません。
ローンが消えた自宅は、通常どおりプラスの財産として相続税の課税対象になります。小規模宅地等の特例が使えれば、評価を大きく下げられる可能性があります。
遺産に借金があるときの相続税について、重要なポイントを整理します。
【相続税の扱い】
【相続するかの判断】
【借金での節税の真偽】
【今すぐ取るべき行動】
※本記事は2026年7月時点の法令・情報に基づいて作成しています。相続税法の改正により、内容が変更となる可能性があります。最新の制度については国税庁の公式サイトや税理士にご確認ください。