相続税は原則として現金で一括納付するものですが、相続した財産のほとんどが不動産や株式で、現金が手元にないケースは少なくありません。
このような状況で頼れる最終手段が「物納」です。
物納とは、相続した財産そのものを税金として国に納める制度ですが、誰でも使えるわけではなく、厳格な要件をすべて満たす必要があります。
この記事では、物納の要件・対象財産の優先順位・申請手続きのステップから、延納・不動産売却との3択比較、ケース別のシミュレーションまで、「物納を実際に使えるかどうか」を自分で判断できるよう、順序立てて解説します。
物納申請の期限(相続税の申告期限から10か月以内)は意外と短いため、早めに全体像を把握しておくことが重要です。
▼ この記事の3行まとめ
- 物納は「延納によっても現金納付が困難」な場合にのみ認められる最終手段で、要件は4つすべて満たす必要がある
- 物納の収納価額は相続税評価額(時価より低い)のため、不動産の売却と比べてどちらが有利かを計算したうえで判断することが重要
- 管理処分不適格財産(抵当権付き・係争中など)は物納できず、申請書類の不備で却下されるリスクもあるため、税理士への早期相談が不可欠
物納とは何か|相続税を現金以外で納付できる最終手段

物納とは、相続税を現金ではなく、相続した財産(不動産・国債・株式など)で直接納付できる制度です。
相続税の納付方法には「現金一括納付」「延納(分割払い)」「物納」の3種類がありますが、物納はあくまでも最終手段として位置づけられています。
現金納付が原則、延納が次の選択肢、物納はその延納によっても困難な場合にのみ認められます。
物納制度が設けられている理由と位置づけ
物納制度が設けられている背景には、相続財産の性質があります。
相続財産は現金とは限らず、土地・建物・株式など換金に時間がかかる財産が大部分を占めるケースが多くあります。
たとえば、農家が代々受け継いできた広大な農地や、都市部の地主が複数の土地を相続した場合、相続税評価額が数億円になることもありますが、現金はほとんどないというケースは珍しくありません。
このような状況で現金納付を強制すると、相続人は土地を急いで売却せざるを得なくなります。
しかし、不動産の売却には時間がかかる場合があり、買い手が見つからないこともあります。
物納制度は、こうした事情を持つ相続人が相続財産そのもので税金を納められるよう、国が設けたセーフティネットです。
| 納付方法 | 内容 | 利用できる条件 | 順位 |
|---|---|---|---|
| 現金一括納付 | 申告期限(10か月以内)に全額一括で納付 | 誰でも可能 | 第1(原則) |
| 延納 | 分割払い(最長20年・利子税あり) | 現金納付が困難な場合 | 第2 |
| 物納 | 相続財産そのものを国に納付 | 延納によっても困難な場合のみ | 第3(最終手段) |
物納は延納の次の選択肢であり、「現金がない」というだけでは認められません。延納を使っても納付が困難であることを証明する必要があります。
現金納付・延納・物納の3つの違い
3つの納付方法は、費用・手間・リスクの面で大きく異なります。
どの方法が自分に合っているかを判断するうえで、まず3つの特徴を把握しておくことが重要です。
| 比較項目 | 現金一括納付 | 延納 | 物納 |
|---|---|---|---|
| 納付するもの | 現金 | 現金(分割) | 相続財産(現物) |
| 追加コスト | なし | 利子税(年0.4〜0.8%程度) | なし |
| 財産の処分 | 必要な場合あり | 不要(分割で支払い) | 財産を国に渡す |
| 譲渡所得税 | 現金用意のための売却に発生 | なし | なし(物納自体は非課税) |
| 申請の手間 | なし | 中程度(担保提供が必要) | 大(書類が多い) |
| 審査 | なし | あり | あり(厳格) |
物納の最大の特徴は、財産を売却せずに税金を払える点です。
不動産を売ると譲渡所得税が別途発生しますが、物納は国への財産移転であるため、原則として譲渡所得税はかかりません。
ただし、物納の収納価額(国が受け取る評価額)は相続税評価額であり、時価(市場価格)より低くなることがほとんどです。
このため、売却してから現金で納税するほうが結果的に手元に残る金額が多くなるケースもあります。
2006年法改正で申請件数が激減した背景
物納制度は2006年(平成18年)の相続税法改正によって、要件が大幅に厳格化されました。
改正前は、物納財産の管理・処分に問題があっても申請が受理されることがありましたが、改正後は管理処分に問題がある財産を「管理処分不適格財産」として物納の対象から除外することが明確化されました。
この改正の結果、物納申請件数は激減しました。
改正前の2005年度には年間で数千件の申請があったものが、改正後は数十〜数百件程度にまで落ち込みました。
つまり、現在の物納は「誰でも気軽に使える制度」ではなく、書類の準備から財産の適格性確認まで、十分な準備と専門的な知識が必要な制度になっています。
物納を検討する場合、申請前に税理士に相談して「この財産は物納に適格かどうか」を確認することが、申請却下を防ぐうえで最も重要なステップです。
物納の4つの要件|すべて満たさないと認められない

物納が認められるためには、法律に定められた4つの要件をすべて満たす必要があります。
1つでも欠けると申請は却下されます。それぞれの要件を正確に理解したうえで、自分が物納を申請できる状況かどうかを確認しましょう。
要件1|延納によっても金銭納付が困難であること
物納の第一の要件は、「延納によっても金銭で納付することを困難とする事由がある」ことです。
延納とは相続税を最長20年の分割払いで支払う制度ですが、延納を使ってもなお支払いが困難な場合にのみ、物納が認められます。
「金銭納付が困難」かどうかは、以下の計算式で求めた「金銭納付困難額」をもとに判断します。
金銭納付困難額 = 相続税額 − (現金・預金等の換価可能な財産の合計 × 一定割合)
この計算において、手元の現金・預金が多ければ「困難」とは認められません。
たとえば、相続税が3,000万円で、手元の現金・預金が4,000万円ある場合は、延納でも支払えると判断されるため、物納は認められません。
| 手元の現金・預金等 | 物納の可否の目安 |
|---|---|
| 相続税額を上回る | 原則不可(現金納付が可能) |
| 相続税額より少ない | 差額分について延納・物納を検討 |
| ほぼゼロ(不動産のみ相続) | 物納の対象となりやすい |
物納できる金額は「金銭納付困難額」が上限であり、相続税全額を必ずしも物納できるわけではありません。
現金で払える部分は現金で払い、残りを物納するという形になります。
要件2|物納申請財産が定められた種類・順位であること
物納に充てられる財産は、日本国内に所在する相続財産に限られます。
さらに、財産の種類によって物納の優先順位(第1〜第3順位)が法律で定められており、後順位の財産は前順位の財産が適切なものがない場合にのみ使用できます。
- 第1順位:不動産・船舶・国債証券・地方債証券・上場株式等(物納劣後財産を除く)
- 第1順位(劣後):不動産・上場株式等のうち物納劣後財産に該当するもの
- 第2順位:非上場株式等(物納劣後財産を除く)
- 第2順位(劣後):非上場株式等のうち物納劣後財産に該当するもの
- 第3順位:動産
実務上は第1順位の不動産を物納するケースが最も多いですが、不動産であれば何でも物納できるわけではなく、管理処分不適格財産に該当しないことが条件です。
抵当権が設定されている土地や、賃借人がいてすぐに明け渡しできない建物などは物納できません。
要件3|物納申請書を期限までに提出すること
物納を申請するためには、相続税の納期限(被相続人の死亡を知った翌日から10か月以内)までに、物納申請書と物納手続関係書類を税務署長に提出する必要があります。
ただし、提出期限が迫っている場合には、物納手続関係書類の提出について最長1年間の延長が認められています(3か月ごとに延長申請)。
書類の収集に時間がかかる場合は、まず申請書だけを期限内に提出し、書類は後から提出する方法も可能です。
| 手続き | 期限・目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 物納申請書の提出 | 相続税の納期限まで(10か月以内) | 延長不可 |
| 物納手続関係書類の提出 | 納期限から最長1年以内 | 3か月ごとに延長申請が必要 |
| 税務署の審査期間 | 申請から原則3か月以内 | 最長9か月まで延長可能 |
書類が揃っていない状態でも、まず申請書を期限内に提出することが重要です。
申請書を期限内に提出しないと、物納の権利そのものが失われます。
要件4|物納に充てられる財産(適格財産)であること
物納申請財産は、管理処分不適格財産に該当しないものであることが条件です。
また、物納劣後財産に該当する場合は、他に適当な物納財産がないことが要件となります。
管理処分不適格財産と物納劣後財産の具体的な内容については、後の章で詳しく解説します。
この要件は実務上で最も見落としやすいポイントです。
「土地があるから物納できる」と考えていたところ、その土地に抵当権や借地権が設定されていて物納不適格と判断される例は少なくありません。
物納を検討する際は、対象財産の登記事項証明書・賃貸借契約書・土壌調査報告書などを事前に確認することが必要です。
物納できる財産の優先順位と収納価額の仕組み

物納に充てられる財産は法律で定められており、優先順位に従って選択しなければなりません。
また、国が財産を受け取る際の価格(収納価額)は相続税評価額が基準となるため、時価との差に注意が必要です。
第1順位|不動産・国債・上場株式等
物納の第1順位は、不動産・船舶・国債証券・地方債証券・上場株式等です。
実務上、物納で最もよく利用されるのは不動産(土地・建物)です。
ただし、不動産の中でも「管理処分不適格財産」に該当するものは物納できません。
第1順位の財産を優先して物納に充てる理由は、国が収納後に換価(売却)しやすい財産だからです。
不動産は市場で売却可能であり、国債や上場株式は市場で換金できるため、国の財産管理上も扱いやすい財産とされています。
| 財産の種類 | 物納での主な注意点 |
|---|---|
| 土地(宅地・農地など) | 抵当権・地上権・賃借権がないこと |
| 建物 | 賃借人がいる場合は物納劣後財産に該当する可能性あり |
| 国債・地方債 | 額面金額が収納価額になる |
| 上場株式 | 相続税評価額(4つの価格の最低値)が収納価額 |
第1順位の財産がある場合は、第2・第3順位の財産を物納に充てることは原則できません。順位を無視した申請は却下されるため、自分の財産がどの順位に該当するかを確認してください。
第2順位|非上場株式等
第2順位は非上場株式等(証券取引所に上場されていない会社の株式・社債・新株予約権付社債など)です。
非上場株式は市場で換金しにくく、国が収納後に管理・処分するコストが高いため、第1順位より後になります。
非上場株式の収納価額は、相続税の計算で使用した評価額(類似業種比準方式または純資産価額方式など)が基準となります。
第1順位の財産(不動産など)がある場合は、第2順位の非上場株式を先に物納することは認められません。
第3順位|動産
第3順位は動産(機械・器具・農機具・美術品・家財など)です。
動産は保管・管理が難しく、国が収納後に換価するコストも高いため、最後の順位になっています。
実務上、動産のみを物納するケースは極めてまれです。
動産の物納を申請する場合は、第1・第2順位の財産がない、または物納に充てるべき適当な財産がないことを証明する必要があります。
第3順位の財産だけで物納を申請するケースは現実的に少なく、第1・第2順位の財産が物納不適格だった場合の最後の手段です。
収納価額は相続税評価額|時価との差額に注意
物納における収納価額(国が財産を受け取る際に認める価格)は、相続税の申告で使用した相続税評価額です。
相続税評価額は一般的に時価(市場価格)より低く設定されており、特に土地については路線価方式や倍率方式で算出された評価額が使われます。
具体的な例を挙げると、時価5,000万円の土地でも、路線価で算出した相続税評価額が3,500万円であれば、物納の収納価額は3,500万円です。
一方、この土地を市場で売却すれば5,000万円(税引き前)の現金が入ります。
この差額1,500万円が、物納か売却かを判断するうえでの重要なポイントです。
| 比較項目 | 物納の場合 | 売却して現金納税の場合 |
|---|---|---|
| 相続税への充当額 | 相続税評価額(3,500万円)分が充当 | 売却代金から相続税を支払い |
| 譲渡所得税 | なし | 売却益に対して課税(長期20.315%) |
| 手元に残る価値 | 相続税評価額分のみ充当(差額は戻らない) | 売却額 − 相続税 − 譲渡所得税 |
物納できない財産|管理処分不適格財産と物納劣後財産

物納申請で最も多い問題が「この財産は物納できるか」の判断ミスです。
財産の優先順位が合っていても、管理処分不適格財産に該当すれば物納は認められません。
また、物納劣後財産は他に適当な物納財産がある限り、後回しにしなければなりません。
それぞれの定義と具体例を正確に把握しておきましょう。
管理処分不適格財産の具体例(不動産・株式)
管理処分不適格財産とは、国が収納後に管理・処分することが困難な財産のことです。
以下の財産が該当します。
| 財産の種類 | 不適格となる具体的な理由 |
|---|---|
| 担保権(抵当権・質権など)が設定されている財産 | 国が収納しても担保権者の権利が残り、自由に処分できない |
| 係争中の財産(訴訟中・競売申立中) | 所有権が確定していないため、国が収納できない |
| 共有持分(他の共有者の同意を得られない場合) | 国が持分だけ収納しても、単独での処分が困難 |
| 賃借権等が設定されていて明け渡しが困難な財産 | 賃借人がいて国が自由に利用・売却できない |
| 土壌汚染・地下埋設物がある土地 | 浄化・撤去費用が発生し、国の負担になる |
| 権利の帰属に関し争いがある株式 | 株主権が確定していない |
| 譲渡制限がある株式(定款で制限あり) | 国が収納後に自由に売却できない |
管理処分不適格財産は物納申請が受理されても審査で却下されるため、申請前に登記事項証明書・賃貸借契約書・土壌調査報告書などを確認して適格性を事前チェックすることが必要です。
物納劣後財産とはどういう財産か
物納劣後財産とは、管理処分不適格財産ではないものの、国が収納後に活用しにくい財産のことです。
物納劣後財産は「他に適当な物納財産がない場合」にのみ物納に充てることができます。
| 物納劣後財産の種類 | 具体例 |
|---|---|
| 市街化調整区域内の土地(宅地以外) | 農振農用地・原野など |
| 法令で建築制限がある土地 | 建ぺい率・容積率が著しく制限されている土地 |
| 農地(農地法の制限あり) | 耕作放棄地を含む農地全般 |
| 私道 | 他者の通行に供している道路用地 |
| 墓地 | 霊園・墓地として使われている土地 |
| 賃貸建物(賃借人がいる) | アパート・貸家など立退きが困難でない程度のもの |
物納劣後財産を申請する場合、「他に適当な物納財産がない理由」を税務署に説明できるよう準備が必要です。
農地や私道など劣後財産しか持っていない場合でも申請自体は可能ですが、審査が厳しくなるため、税理士に相談してから進めることを推奨します。
物納できない不動産の7パターン
不動産の中でも物納できないケースは多くあります。
以下の7パターンに該当する不動産は、申請前に必ず確認してください。
- パターン1:抵当権・根抵当権が設定されている土地・建物(銀行ローンの担保になっている不動産)
- パターン2:地上権・永小作権・賃借権(借地権)が設定されており、借地人が存在する土地
- パターン3:係争中・競売申立中・差押えを受けている不動産
- パターン4:土壌汚染がある、または地下埋設物(廃棄物など)が確認されている土地
- パターン5:共有名義で、他の共有者の同意が得られない不動産
- パターン6:境界が未確定の土地(隣接地との境界線が不明な土地)
- パターン7:建築基準法上の接道義務を満たさない土地(再建築不可物件)
パターン6(境界未確定)は見落としやすいポイントです。
相続した土地の境界確定測量図がない場合、物納申請時に境界確定の手続きが必要になり、時間がかかります。
物納を検討する場合は、相続開始直後から対象不動産の境界確認・登記状況の確認を進めることが重要です。
物納許可限度額の計算手順

物納できる金額には上限があります。
「相続税の全額を物納する」ことは原則できず、延納によっても金銭納付が困難な金額の範囲内でのみ物納が認められます。
ここでは、物納許可限度額を求めるための3つのステップを解説します。
STEP1|延納しても金銭納付が困難な金額を算出する
まず、「延納をしても現金で払えない金額」を計算します。
この金額が物納を申請できる上限(物納許可限度額)になります。
延納許可限度額の計算式は以下の通りです。
延納許可限度額 = 相続税額 − 換価しやすい財産(現金・預貯金等)の価額
「換価しやすい財産」には、現金・預貯金・上場株式などが含まれます。
不動産や非上場株式は「換価しにくい財産」として扱われます。
| 財産の種類 | 換価しやすい財産 | 換価しにくい財産 |
|---|---|---|
| 現金・預貯金 | ✅ | — |
| 上場株式・投資信託 | ✅ | — |
| 不動産(土地・建物) | — | ✅ |
| 非上場株式 | — | ✅ |
| 生命保険の死亡保険金 | ✅ | — |
生命保険の死亡保険金も「換価しやすい財産」として計算に含まれます。保険金を受け取った場合は、その金額分だけ物納できる上限が下がる点に注意が必要です。
STEP2|物納申請可能額の上限を確認する
STEP1で求めた延納許可限度額のうち、さらに「延納によっても納付困難な金額」が物納許可限度額になります。
物納許可限度額 = 延納許可限度額 − 延納で支払える金額(延納年数×年間支払可能額)
具体的な例で確認します。
- 相続税額:5,000万円
- 現金・預貯金:500万円
- 延納許可限度額:5,000万円 − 500万円 = 4,500万円
- 延納で年間支払える金額:100万円(最長20年)
- 延納で支払える合計:100万円 × 20年 = 2,000万円
- 物納許可限度額:4,500万円 − 2,000万円 = 2,500万円
この場合、物納できるのは最大2,500万円分の財産です。
残りの2,000万円は延納(分割払い)で対応することになります。
延納の利子税(年0.4〜0.8%程度)が別途発生するため、延納と物納を組み合わせる場合は総支払額を試算してから判断することが重要です。
STEP3|物納する財産を特定して順位を確認する
物納許可限度額が確認できたら、次に物納に充てる財産を特定します。
前の章で解説した優先順位(第1〜第3順位)に従い、第1順位の財産(不動産・国債・上場株式等)から選びます。
物納に充てる財産を選ぶ際のポイントは以下の通りです。
- 管理処分不適格財産に該当しないこと(申請前に確認済みであること)
- 物納許可限度額に近い収納価額(相続税評価額)の財産を選ぶこと
- 物納する財産を売却した場合と比べ、物納のほうが有利かどうかを確認すること
- 物納に充てない残りの財産で延納が可能かどうかを確認すること
参照元:国税庁 延納・物納申請等
ケース別シミュレーション5パターン|物納が有利か判断する

物納が実際にどのような状況で使われるのか、5つの典型的なケースを使って試算します。
各パターンで「物納が有利かどうか」を判断する材料にしてください。
なお、試算はすべて概算であり、個別の事情によって異なります。
パターン1|自宅土地(路線価5,000万円)を物納するケース
前提条件
- 被相続人:父(母は既に死亡)
- 相続人:長男1人
- 相続財産:自宅土地(時価7,000万円・相続税評価額5,000万円)+ 預金500万円
- 相続税額:約1,200万円(小規模宅地等の特例なし)
- 手元現金:500万円
物納する場合の概算
- 物納許可限度額の概算:1,200万円 − 500万円 = 700万円分
- 収納価額:土地の相続税評価額のうち700万円分(一部物納)
- 残り500万円は手元現金で納付
- 譲渡所得税:なし
売却して納税する場合の概算
- 土地を一部売却(700万円相当)して納税
- 取得費が不明な場合、概算取得費(売却価格×5%)を使用
- 譲渡所得税(長期):約130万円程度
- 合計支出:1,200万円 + 130万円 = 約1,330万円
このケースでは物納のほうが譲渡所得税が発生しない分、有利に見えます。ただし、物納すると土地の一部が国に渡るため、残った土地の利用計画への影響も考慮が必要です。
パターン2|収益アパートを物納するケース
前提条件
- 相続財産:収益アパート(相続税評価額3,000万円・時価4,500万円・家賃収入年200万円)
- 相続税額:800万円
- 賃借人:入居中(3室・満室)
収益アパートは「賃借人がいる」状態のため、物納劣後財産に該当する可能性があります。
国が収納後に賃借人に立ち退いてもらわないと処分できないため、他に適当な物納財産がない場合にのみ物納が認められます。
| 検討項目 | 物納の場合 | 売却して納税の場合 |
|---|---|---|
| 相続税への充当額 | 3,000万円分(物納限度額まで) | 売却代金4,500万円から納税 |
| 将来の家賃収入 | 手放す | 手放す(売却のため同じ) |
| 譲渡所得税 | なし | 発生(売却益に課税) |
| 物納の難易度 | 高い(劣後財産の可能性) | — |
収益アパートの物納は劣後財産に該当するリスクがあり、審査が厳しくなります。他に物納できる財産があれば、そちらを優先するほうが申請が通りやすいです。
パターン3|上場株式を物納するケース
前提条件
- 相続財産:上場株式(相続税評価額1,500万円・現在の市場価格1,800万円)
- 物納許可限度額:1,200万円
上場株式は第1順位の物納財産ですが、株価は日々変動します。
物納申請時の相続税評価額と、実際に物納が許可される時点の市場価格に乖離が生じることがあります。
株式の相続税評価額が市場価格より高い場合(相続開始後に株価が下落した場合)、物納収納価額で充当されるため、市場価格で売却するより多くの株数を国に渡すことになります。
逆に株価が上昇した場合は、売却して現金で納税するほうが少ない株数の売却で済みます。
株式の物納は、相続開始後の株価動向を見て有利な方法を選択する必要があります。
パターン4|物納申請が却下されたケース(管理処分不適格)
前提条件
- 物納申請した財産:土地(相続税評価額2,000万円)
- 問題点:土地に銀行の根抵当権が設定されていた
- 申請結果:管理処分不適格財産として却下
物納が却下された場合、以下の対応が考えられます。
- 対応1:他の適格財産で物納を再申請する(再申請は1回のみ可能)
- 対応2:延納に切り替えて分割払いにする
- 対応3:担保権(根抵当権)を抹消してから物納を再申請する
- 対応4:不動産を売却して現金で納税する
物納が却下されても納期限は延長されないため、却下後の対応を迅速に決める必要があります。
却下後の再申請ができるのは1回限りのため、次の財産の選定は慎重に行ってください。
パターン5|延納から物納(特定物納)に切り替えるケース
前提条件
- 当初:延納申請を行い、毎年200万円ずつ分割納付していた
- 3年後:収入が激減し、延納の継続が困難になった
- 対応:「特定物納」の申請を検討
特定物納とは、延納の許可を受けた後に延納の継続が困難になった場合に、延納から物納に切り替えることができる制度です。
特定物納は、延納許可を受けた日から10年以内に申請する必要があります。
| 項目 | 通常の物納 | 特定物納 |
|---|---|---|
| 申請タイミング | 相続税の納期限まで | 延納許可後10年以内 |
| 利子税 | なし | 物納申請中も延納の利子税が継続 |
| 収納価額 | 申告時の相続税評価額 | 特定物納申請時の価額(時価の変動が反映) |
特定物納の収納価額は申請時の時価を基準とするため、相続開始時より不動産価格が上昇していれば有利になります。延納中に財産価値が上がった場合は、特定物納を積極的に検討することが重要です。
物納申請の手続きと必要書類チェックリスト

物納の申請手続きは、通常の確定申告より書類が多く、準備に時間がかかります。
申請から許可まで最長で1年以上かかることもあるため、相続開始直後から準備を始めることが必要です。
申請書類の種類と提出先
物納申請に必要な書類は「物納申請書」と「物納手続関係書類」の2種類です。
提出先は被相続人の住所地を管轄する税務署(相続税の申告書を提出した税務署)です。
- 物納申請書:物納を申請する旨・物納財産の種類・収納価額を記載した申請書
- 物納手続関係書類:財産の種類によって異なる添付書類
不動産を物納する場合の必要書類
不動産を物納する場合に必要な主な書類は以下の通りです。
書類の不備は申請却下の原因になるため、チェックリストとして活用してください。
全ての不動産に共通する書類
- □ 登記事項証明書(土地・建物それぞれ)
- □ 固定資産税評価証明書
- □ 実測図または公図の写し
- □ 境界確定図(隣接地との境界が確定していること)
- □ 土地の位置図・地積測量図
土地固有の書類
- □ 地上権・賃借権等の権利がないことの確認書類(または権利関係を示す賃貸借契約書)
- □ 土壌汚染調査報告書(汚染のおそれがある土地の場合)
- □ 農地の場合:農地法に基づく確認書類
建物固有の書類
- □ 建物の登記事項証明書
- □ 賃貸借契約書(賃借人がいる場合)
- □ 建物の図面(間取り図等)
境界確定図は取得まで数か月かかることがあります。物納を検討しているなら、相続開始直後に境界確認測量を土地家屋調査士に依頼することが必要です。
審査の流れと期間(3か月・最長9か月)
物納申請後の審査は、以下の流れで進みます。
| フェーズ | 内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| ①書類受理・確認 | 提出書類に不備がないか確認。不備があれば補正指示 | 申請後1か月程度 |
| ②現地調査 | 税務署職員が不動産を実地調査。境界・現況・賃借人の有無を確認 | 1〜2か月程度 |
| ③審査・許可判断 | 調査結果をもとに許可または却下を判断 | 審査期間は原則3か月以内 |
| ④許可通知・収納 | 許可通知書が届き、財産を国に引き渡す | 許可後速やかに |
審査期間は原則3か月以内ですが、現地調査や書類補正が必要な場合は最長9か月まで延長されることがあります。
現地調査では実際に税務署職員が不動産を確認するため、境界が未確定・建物が老朽化して危険など問題がある場合は、事前に解決しておくことが必要です。
物納が却下された場合の対処法
物納申請が却下された場合、以下の選択肢があります。
却下後も納税の義務は消えないため、迅速に次の対応を決めることが重要です。
- 再申請:却下後、他の適格財産を対象に物納を1回再申請できます
- 延納への変更:却下後に延納の申請を行い、分割払いに切り替えます
- 不動産の売却:物納対象だった不動産を売却し、売却代金で納税します
- 担保権の解除:抵当権などを抹消してから再申請する(時間が必要)
物納が却下されて延納に切り替える場合、延納の申請期限(相続税の納期限まで)を過ぎていると延納も使えなくなります。申請却下のリスクを想定して、延納を併用で申請しておく方法も検討してください。
物納・延納・売却の3択比較|どれが最も有利か

現金が手元にない場合の対応策は、物納・延納・不動産売却の3択です。
どれが最も有利かは、財産の状況・将来の収入・税率によって異なります。
ここでは3択を多角的に比較し、自分に合った方法を選ぶための判断材料を提供します。
税負担・リスク・手間の3軸比較表
| 比較項目 | 物納 | 延納 | 売却して現金納税 |
|---|---|---|---|
| 追加の税金 | なし | 利子税(年0.4〜0.8%程度) | 譲渡所得税(長期20.315%) |
| 財産の喪失 | 物納財産を国に渡す | 財産を保持したまま | 売却した財産を手放す |
| 手続きの難易度 | 高い(書類多・審査厳格) | 中(担保の提供が必要) | 低い(売却して納税するだけ) |
| 収納価額・売却価格 | 相続税評価額(時価より低い) | — | 市場価格(時価) |
| 将来の収益 | 収益不動産を物納すると家賃収入を失う | 財産を保持・収益継続可 | 売却した財産の収益を失う |
| 向いている状況 | 換金困難・取得費不明な財産がある | 毎月一定の収入がある | 市場価格と評価額の差が大きい財産 |
物納が有利なケース・不利なケース
物納が有利なケース
- 相続した不動産の取得費が不明または非常に低く、売却した場合の譲渡所得税が高額になるケース
- 不動産が売れにくい(地方の農地・山林・再建築不可物件など)で換金に時間がかかるケース
- 収益を生まない遊休地(空き地・空き家など)で、手放しても生活に支障がないケース
- 相続税評価額と時価の差が小さい財産を物納するケース
物納が不利なケース
- 不動産の時価が相続税評価額を大幅に上回り、売却後の手取りが多いケース(市場価格が高い都市部の土地)
- 物納する財産が収益を生む不動産(アパート・駐車場)で、手放すと将来の収益を失うケース
- 管理処分不適格財産が多く、物納申請が難しいケース
物納すべきかどうかの判断フロー
以下の順番でチェックすると、物納の適否を判断できます。
- 現金・預金で全額払えるか? → 払える場合は現金一括納付(物納不要)
- 延納で払えるか? → 毎年の収入で利子税込みの分割払いが可能なら延納を選択
- 延納でも払えない金額があるか? → ある場合、その金額分だけ物納を検討
- 物納できる適格財産があるか? → 管理処分不適格・劣後財産のみなら売却を検討
- 物納(評価額充当)vs 売却(時価 − 譲渡所得税)でどちらが有利か? → 試算して有利なほうを選択
STEP5の試算は相続税・譲渡所得税・取得費の把握が必要であり、専門的な計算が求められます。税理士に依頼して正確に試算することが、有利な選択をするための最短経路です。
物納は税理士に早めに相談すべき理由

物納は、手続きの複雑さ・書類の多さ・財産の適格性判断の難しさから、税理士なしで進めることが極めて困難な手続きです。
しかも、申請期限(相続税の納期限=10か月以内)は決まっており、境界確定測量など事前準備に時間がかかる作業もあります。
できるだけ早く税理士に相談することが、物納を成功させるための最重要条件です。
相談すべき理由|物納特有の複雑さ
物納の申請で失敗しやすいポイントは多岐にわたります。
- 物納できる財産かどうかの適格性判断(管理処分不適格・劣後財産の見極め)
- 物納許可限度額の正確な計算(延納との組み合わせが複雑)
- 必要書類の種類の多さ(境界確定図など取得に時間がかかる書類がある)
- 物納 vs 売却 vs 延納の損得計算(相続税・譲渡所得税・利子税を横断的に比較する必要)
- 審査中の補正指示への対応(補正に応じないと却下)
- 物納が却下された場合の代替手続きの迅速な判断
特に「境界確定図」は、隣接地所有者との立会いが必要で、相手の都合によっては数か月かかることもあります。物納を検討しているなら、相続発生後すぐに税理士・土地家屋調査士への相談を開始することが必要です。
相談するメリット|税負担軽減と安心感
- 物納 vs 売却の損得を正確に試算できる:取得費・譲渡所得税・相続税評価額を比較し、最も有利な方法を選べる
- 管理処分不適格の事前チェック:申請前に却下リスクを回避できる
- 書類収集のサポート:必要書類のリストアップ・収集スケジュール管理をプロが行う
- 審査中の補正対応:税務署からの補正指示に迅速・適切に対応できる
- 却下後の対応:却下された場合でも延納・再申請など次の手続きをスムーズに進められる
相談しなかった場合のリスク
| リスクの種類 | 具体的な内容 | 金額の目安 |
|---|---|---|
| 管理処分不適格による却下 | 抵当権付き土地を申請して却下→延納も期限切れで使えなくなる | 延滞税:本税の年8.7%程度(2024年時点) |
| 物納 vs 売却の判断ミス | 売却したほうが手取りが多いのに物納を選択 | 差額が数百万円になることも |
| 書類不備による審査遅延 | 審査が長引き、その間の延滞税が発生 | 月単位で延滞税が加算 |
| 却下後の対応遅れ | 却下後に延納の申請をしたが期限切れ→一括納付しか選択肢がなくなる | 無申告加算税・延滞税が加算 |
費用対効果の試算|税理士報酬 vs 節税・リスク回避効果
| 項目 | 税理士に依頼した場合 | 自己申請の場合 |
|---|---|---|
| 税理士報酬(物納手続) | 20〜50万円程度(財産の複雑さによる) | なし |
| 物納 vs 売却の損得判断 | 正確に試算(数百万円の差を回避) | 判断ミスのリスクあり |
| 管理処分不適格の事前確認 | 却下リスクをほぼ回避 | 却下 → 延滞税 → 追加コスト |
| 書類収集・補正対応 | 漏れなく対応 | 補正ミスで審査長期化 |
| 総合的なコスト | 報酬を差し引いても節税・ペナルティ回避で有利 | ミスや却下で結果的に高コストになることも |
初回相談で確認すべき質問リスト
- □ 私の財産構成で物納は申請できますか?管理処分不適格に該当する財産はありますか?
- □ 物納許可限度額はいくらになりますか?延納との組み合わせはどうなりますか?
- □ 物納と売却を比較した場合、どちらが税負担を抑えられますか?
- □ 物納申請に必要な書類は何ですか?境界確定が必要な土地はありますか?
- □ 申請から許可まで何か月かかりますか?申告期限までに間に合いますか?
- □ 物納が却下された場合、次にどのような手続きが必要になりますか?
- □ 延納と物納を両方申請することはできますか?
相続発生後はできるだけ早めに、相続税に詳しい税理士へ相談することをお勧めします。
よくある質問(FAQ)
Q. 物納は相続税の全額を対象にできますか?
いいえ、物納できるのは「延納によっても金銭で納付することが困難な金額」が上限です。現金・預貯金などで払える部分は現金で納付し、残りの困難な金額分のみ物納の対象となります。相続税の全額を物納できるケースは、ほぼ現金がない場合に限られます。
Q. 物納した不動産は後から買い戻せますか?
原則として、物納した財産を後から買い戻すことはできません。国が収納した財産は国有財産として管理・処分されます。物納は基本的に取り消せない選択肢のため、慎重に判断する必要があります。
Q. 物納申請中に相続税の延滞税はかかりますか?
物納申請書を適切に提出している場合、審査が許可または却下されるまでの期間は延滞税が猶予されます。ただし、書類の補正指示に応じなかった場合や、申請が却下された後に対応が遅れた場合には延滞税が発生します。
Q. 共有名義の不動産は物納できますか?
共有名義の不動産は、他の共有者の同意が得られない限り、原則として物納できません(管理処分不適格財産に該当)。ただし、被相続人の持分のみを物納することは、他の共有者の同意がなくてもできる場合があります。詳細は担当税務署または税理士に相談してください。
Q. 物納した場合、譲渡所得税はかかりますか?
物納そのものには譲渡所得税はかかりません。所得税法上は譲渡がなかったものとみなされるため、売却と異なり課税対象になりません。ただし個別の事情によって取り扱いが変わる場合があるため、事前に税理士に確認することを推奨します。
まとめ|物納で後悔しないための3つのポイント
物納の基本と要件
- 物納は「延納によっても現金納付が困難」な場合のみ認められる最終手段であり、要件(4条件)をすべて満たす必要がある
- 物納できる財産は第1順位(不動産・国債・上場株式)→第2順位(非上場株式)→第3順位(動産)の順で選ぶ
- 収納価額は相続税評価額(時価より低い)のため、売却と比較してどちらが有利かを計算することが重要
申請で失敗しないためのポイント
- 管理処分不適格財産(抵当権付き・係争中・共有持分など)は物納できないため、申請前に対象財産の適格性を確認する
- 物納申請書は相続税の納期限(10か月以内)までに提出が必要。書類が揃っていない場合も申請書だけ先に提出する
- 境界確定測量など時間のかかる準備があるため、物納を検討しているなら相続発生直後から動き始める
物納 vs 延納 vs 売却の選択基準
- 取得費が不明・売れにくい財産は物納が有利になりやすい
- 市場価格と相続税評価額の差が大きく取得費も明確な財産は、売却して納税するほうが手取りが多くなる場合がある
- 毎月の収入がある場合は延納(分割払い)で財産を保持しながら納税する方法も有効
今すぐ取るべき行動
- 物納を検討しているなら、まず相続税に詳しい税理士に相談し、対象財産の適格性・物納許可限度額・物納 vs 売却の損得を確認する
- 土地を物納する場合は土地家屋調査士に境界確定測量を依頼する(数か月かかる場合がある)
- 相続税の申告・納付期限(10か月以内)から逆算し、申請スケジュールを早めに確認する
※本記事は2025年12月時点の法令・税率に基づいて作成しています。税制は改正されることがありますので、申告前には必ず税理士または税務署へご確認ください。本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務相談に代わるものではありません。



