


相続人の中に認知症の人がいると、遺産の分け方を決める話し合いが成立しません。
この話し合いは相続人全員の合意で成り立つ決まりのため、合意する力がないと認められる人がいると前に進まなくなります。
家族が代わりに署名しても、その分け方は無効です。あとから争いになれば、分け直しになります。
進めるには家庭裁判所に申し立てて、本人の代わりに判断する人を選んでもらいます。決まるまでには数か月かかります。
間に合わないまま申告期限を迎えると、配偶者の税額軽減も小規模宅地等の特例も使えない申告になります。
遺産1億円の例では、納める相続税が150万円から630万円へ4.2倍に増えます。
この記事では、止まる手続き、3つの進め方、代わりに判断する人の選び方、増える相続税の金額、申告期限までの対応、備えの方法までを解説します。
▼ この記事の3行まとめ

相続が始まったあと、遺産をどう分けるかは相続人どうしの話し合いで決めます。この話し合いは全員が参加して合意しなければ成立しません。
認知症で判断する力が失われていると、その人は合意できません。1人でも合意できない人がいると、話し合い全体が成立しないことになります。
止まるのは分け方だけではありません。預貯金の解約も不動産の名義変更も、分け方が決まらないと進みません。一方で相続税の申告期限だけは延びず、そこにずれが生まれます。
遺産の分け方を決める話し合いを、法律では遺産分割協議といいます。相続人が2人以上いる場合に、誰が何を受け取るかを全員で決める手続きです。
この話し合いが成立するには、相続人全員が内容を理解したうえで合意する必要があります。1人でも欠けていたり、内容を理解できない人がいたりすると無効になります。
認知症の程度によっては、本人が合意できると認められる場合もあります。判断の基準になるのは診断名ではなく、その場で内容を理解できるかどうかです。
軽度で日常の判断ができている段階なら、本人が参加して話し合うこともできます。迷う場合は、医師の診断書を取って記録を残してから進めると安全です。
分け方が決まらないと、相続に関するほとんどの手続きが連鎖して止まります。何が止まり、何を用意すれば動き出すのかを整理します。
| 手続き | 認知症の相続人がいると | 進めるために必要なこと |
|---|---|---|
| 遺産の分け方を決める話し合い | 成立しない | 本人の代わりに判断する人を家庭裁判所に選んでもらう |
| 預貯金の解約・名義変更 | 金融機関が応じない | 同上 |
| 不動産の名義変更 | 登記を申請できない | 同上 |
| 相続放棄 | 申述できない | 同上(3か月以内の期限に注意) |
| 生命保険金の請求 | 受取人が本人なら請求できない | 同上 |
| 相続税の申告 | 期限は延びない | 法定相続分で計算していったん申告する |
表の見方:左の手続きはいずれも「誰が受け取るか」が決まっていることを前提にしています。分け方が決まらない限り、金融機関も法務局も手続きを受け付けません。
重要ポイント:止まらないのは相続税の申告期限だけです。手続きが進まない状態でも、亡くなったことを知った日の翌日から10か月という期限はそのまま進みます。
相続放棄を選んだ場合に相続税がどうなるかは、下記の記事で解説しています。

本人が署名できないため、同居している家族が代わりに署名してしまう例があります。その場ではとがめられなくても、法的には有効になりません。
本人の代わりに財産を処分する権限は、家庭裁判所から与えられて初めて生まれます。権限のない人がした署名は、後から無効を主張できます。
問題が表面化するのは数年後であることが多く、不動産を売ったあとや次の相続が起きたあとに争いになります。いったん済ませた分け方をやり直すことになり、税金の計算もし直しです。
重要ポイント:金融機関の窓口で家族が代筆した場合、金融機関側が責任を問われることを避けるために取引を取り消す可能性もあります。手間はかかっても、正規の手順を踏むほうが結局は早く済みます。

話し合いができないとき、取れる道は3つあります。家庭裁判所に代わりの人を選んでもらうか、法律で決まった割合でそのまま分けるか、分けずに待つかです。
どれを選ぶかで、かかる期間も費用も相続税の金額も変わります。相続税がかかる家庭では「分けずに待つ」は選びにくい点が判断の分かれ目になります。
ここでは3つを横に並べて比べたうえで、それぞれの中身と、どの条件ならどれを選ぶべきかを見ていきます。
同じ「分けられない」状態でも、その先の選択肢は違います。判断材料になる項目を並べて比べます。
| 代わりに判断する人を立てる | 法定相続分で分ける | 分けずに待つ | |
|---|---|---|---|
| 遺産の分け方を決められるか | 決められる | 話し合いなしで分けられる | 決められない |
| かかる期間 | 申立てから数か月 | すぐに手続きできる | — |
| 費用 | 申立ての実費と毎年の報酬 | 登記費用などのみ | かからない |
| 不動産の扱い | 希望どおりに分けられる | 相続人全員の共有になる | そのまま |
| 配偶者の税額軽減 | 使える | 使える | 使えない |
| 小規模宅地等の特例 | 使える | 使える | 使えない |
| 向いている場合 | 不動産を売る・分け方を選びたい | 財産が預貯金中心で分けやすい | 急ぐ事情がなく相続税もかからない |
表の見方:上2つは分け方を確定させる道、一番右は確定させない道です。確定させない場合、相続税の特例が2つとも使えなくなる点が最大の違いになります。
重要ポイント:相続税がかかる家庭では、実質的に左の2つから選ぶことになります。3つ目を選べるのは、遺産が基礎控除以下で申告そのものが不要な場合です。
家庭裁判所に申し立てて、本人の代わりに財産を管理し判断する人を選んでもらう方法です。制度としては成年後見制度と呼ばれます。
選ばれた人が本人に代わって話し合いに参加するため、この方法だけが遺産の分け方を自由に決められます。自宅を誰が継ぐか、預貯金をどう配分するかを選べます。
その代わり、申立てから決まるまでに時間がかかります。また選ばれた人は本人の財産を守る立場なので、本人の取り分を減らす分け方には応じません。
本人の取り分は原則として法律で決まった割合を下回れません。「母には何も渡さず子だけで分ける」といった内容は通らないと考えてください。
話し合いをせず、法律で決まった割合どおりに分ける方法です。配偶者と子2人なら、配偶者が2分の1、子が4分の1ずつになります。
割合が法律で決まっているため合意が要りません。代わりの人を立てなくても、相続税の特例を使える点が利点です。
弱点は不動産です。土地や建物を割合どおりに分けると、相続人全員の共有になります。共有になった不動産は、売るときも建て替えるときも全員の合意が必要です。
重要ポイント:共有にした不動産は、認知症の相続人が亡くなるまで動かせない財産になります。将来売る可能性があるなら、この方法は選ばないでください。
分け方から申告までの全体の流れは、下記の記事で解説しています。

分け方を決めないまま、状況が変わるのを待つ選び方です。遺産をそのまま置いておくことになります。
手間も費用もかかりませんが、相続税がかかる家庭では不利になります。分けていない財産には配偶者の税額軽減も小規模宅地等の特例も使えないためです。
遺産が基礎控除以下であれば申告そのものが不要なので、この方法でも不利益は生じません。相続人が3人なら基礎控除は4,800万円です。
基礎控除の計算と判定の手順は、下記の記事で解説しています。

上から順に当てはめれば、自分の家庭がどれを選ぶべきかが決まります。最初に確かめるのは、相続税がかかるかどうかです。
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重要ポイント:STEP3で残りが少ない場合でも、あきらめて放置してはいけません。いったん法定相続分で申告しておけば、あとから取り戻す道が残ります。

本人の代わりに判断する人を立てると決めたら、次に気になるのは「いつ決まるか」「誰が選ばれるか」「いくらかかるか」の3つです。
この3つは家庭裁判所の統計から実際の数字がわかります。最高裁判所が毎年公表している集計があり、直近は43,159件の申立てが集計されています。
印象で語られがちな部分ですが、数字を見ると「思ったより早い」ところと「思ったとおりにならない」ところがはっきり分かれます。相続税の申告期限との関係もここで見えます。
申し立ててから代わりの人が決まるまでの期間は、想像されているよりも短く収まっています。
| 申立てから決まるまでの期間 | 割合 | 相続の実務での意味 |
|---|---|---|
| 1か月以内 | 37.9% | 準備が整っていれば最短でこの程度 |
| 1か月超〜2か月以内 | 33.2% | ここまでで全体の71.1% |
| 2か月超〜4か月以内 | 22.7% | ここまでで全体の93.8% |
| 4か月超 | 6.2% | 申告期限に間に合わない恐れ |
表の見方:期間は家庭裁判所に申し立てた日から、審判が出るまでの日数です。申立ての準備にかかる時間(診断書の取得や書類集め)は含みません。
重要ポイント:4か月以内に93.8%が決まります。相続税の申告期限は10か月なので、相続が始まってすぐ動けば間に合う計算になります。
計算ロジック:準備に2か月、審判に4か月とみて合計6か月。残る4か月で財産の評価と申告書の作成をすることになります。逆算すると、動き出しが4か月を過ぎると余裕がなくなります。
参照元:裁判所 成年後見関係事件の概況
申立てのときに「長男を候補者にしたい」と希望を書くことはできます。ただし誰を選ぶかを決めるのは家庭裁判所で、希望どおりになるとは限りません。
| 選ばれた人 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 親族(配偶者・親・子・兄弟姉妹など) | 7,014件 | 16.4% |
| 親族以外の合計 | 35,718件 | 83.6% |
| うち司法書士 | 11,966件 | — |
| うち弁護士 | 8,903件 | — |
| うち社会福祉士 | 7,280件 | — |
表の見方:1件の事件で複数の人が選ばれることがあるため、内訳の合計は事件数と一致しません。割合は選ばれた人の関係別の件数を母数にしたものです。
重要ポイント:家族が選ばれるのは16.4%にとどまります。残りは司法書士・弁護士・社会福祉士などの第三者です。そもそも親族を候補者として書いた申立ては19.7%しかありません。
第三者が選ばれると、遺産の分け方の交渉相手は家族ではなく専門職になります。その人は本人の財産を守る立場なので、家族の事情よりも本人の取り分を優先して判断します。
この制度は介護や施設入所のために使うものだと思われがちですが、相続のために使われている件数も相当な規模になります。
動機は1件で複数選べるため、合計は事件数と一致しません。それでも4件に1件は相続の手続きのための申立てであることがわかります。
言い換えると、同じ状況で困っている家庭が毎年1万件以上あり、家庭裁判所も相続を理由とした申立てを日常的に扱っているということです。特殊な事情ではありません。
費用は申立てのときにかかるものと、選任された後に毎年かかるものに分かれます。見落とされやすいのは後者です。
医師が詳しく調べる手続きが行われたのは全体の3.4%だけで、その費用も10万円以下が85.8%でした。多くの場合、診断書だけで足ります。
報酬は本人の財産から支払われ、家庭裁判所の審判で毎年決まります。家族が選ばれた場合でも報酬を受け取れますが、第三者が選ばれた場合は本人が亡くなるまで支払いが続きます。
参照元:裁判所 成年後見制度(後見・保佐・補助)の概要を知りたい方へ

家族が代わりに判断する人に選ばれた場合、そのまま遺産の分け方の話し合いに出られると考えがちです。ところがこの場面だけは例外があります。
選ばれた家族自身も相続人であるとき、その人が本人を代理して話し合いに参加することはできません。自分の取り分と本人の取り分が正面からぶつかるためです。
この決まりを知らずに進めると、せっかく選任まで済ませたのに話し合いがやり直しになります。ここでは理由と、実際にどうすればよいかを整理します。
遺産は総額が決まっています。誰かの取り分を増やせば、必ず別の誰かの取り分が減ります。
母の代わりに判断する立場の長男が、同時に自分の取り分も決めることになると、母の利益を守る立場と自分の利益を求める立場が同じ人に同居します。法律はこの状態を認めていません。
民法は、代わりに判断する人と本人の利益がぶつかる行為について、家庭裁判所にもう1人を選ぶよう求めなければならないと定めています。親が子の財産を扱う場合の決まりを、この場面にも当てはめる形です。
対象になるのは遺産の分け方を決める行為そのものです。日常の財産管理や施設の契約には当てはまりません。
進め方は、家庭裁判所にもう1人を選んでもらうことです。この場面だけ本人を代理する役で、法律では特別代理人と呼びます。
申し立てるのは、代わりに判断する立場になっている家族自身です。遺産の分け方の案を添えて申し立てます。家庭裁判所はその案が本人に不利でないかを見たうえで選任します。
選ばれるのは、相続に関係のない親族や弁護士・司法書士などです。その人が本人の代わりに話し合いに参加し、分け方の書面に署名します。
重要ポイント:申立てのときに出す分け方の案が本人の取り分を大きく下回っていると、家庭裁判所が認めません。案を作る段階で、法律で決まった割合を下回らないようにしておいてください。
例外があります。代わりに判断する人を監督する役の人が別に選任されている場合、もう1人立てる必要はありません。
監督する役の人には、本人と代わりに判断する人の利益がぶつかる場面で本人を代表する職務が法律で与えられているためです。その人がそのまま話し合いに出ます。
ただし実際には、監督する人が選ばれているのは全体の3.4%にすぎません(1,375件)。残りの約97%では、この例外は使えません。
重要ポイント:家族が代わりに判断する人になっている家庭では、実務上はほぼ必ずもう1人を立てる手続きが要ると考えてください。その分、話し合いに入るまでの期間がさらに延びます。
必要になるかどうかは、代わりに判断する人が相続人かどうかで決まります。よくある4つの形を並べます。
| 家族の状況 | 代わりに判断する人 | もう1人立てる必要 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 母が認知症・長男が代わりに判断する人になった | 長男(相続人) | 必要 | 長男の取り分が増えれば母の取り分が減る |
| 母が認知症・司法書士が選ばれた | 司法書士(相続人でない) | 不要 | 利害が対立しない |
| 母が認知症・長男が代わりに判断する人で監督する人もいる | 長男(相続人) | 不要 | 監督する人が母を代表する |
| 母が認知症・長女が代わりに判断する人(長女は相続放棄済み) | 長女(相続人でない) | 不要 | 遺産の分け方に利害がない |
表の見方:判定の基準は「代わりに判断する人が、この相続で財産を受け取る立場かどうか」です。受け取る立場ならもう1人が要ります。
重要ポイント:第三者が選ばれていれば、この手続きは丸ごと不要です。家族が選ばれることを望む気持ちはあっても、手続きの速さだけで見れば第三者のほうが早く進みます。

ここまでが手続きの話です。ここからは、分けられないまま申告期限を迎えたときにお金がどう動くかを見ます。
相続税には税額を大きく下げる制度が2つあります。どちらも「誰がその財産を取得したか」が決まっていることが前提のため、分けられていないと使えません。
結果として納税額は数倍になります。遺産1億円で相続人が配偶者と子2人というよくある家族構成で、実際にいくら変わるかを計算します。
使えなくなるのは、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例です。どちらも相続税を大きく減らす制度で、多くの家庭が使っています。
【配偶者の税額軽減】
【小規模宅地等の特例】
どちらも取得者が決まらないと判定できない制度です。国税庁も、分けられていない場合はこれらを適用できない申告になると明記しています。
参照元:国税庁 No.4208 相続財産が分割されていないときの申告
それぞれの制度の要件や計算方法は、下記の記事で詳しく解説しています。


【シナリオ】被相続人は夫。相続人は妻と子2人で、妻が認知症です。遺産のうち自宅の土地が3,000万円、残りは預貯金とします。分けられた場合は妻が法律で決まった割合を取得したものとします。
| 遺産の評価額 | 分けられた場合 | 分けられなかった場合 | 差額 | 倍率 |
|---|---|---|---|---|
| 8,000万円 | 40万円 | 350万円 | +310万円 | 8.8倍 |
| 1億円 | 150万円 | 630万円 | +480万円 | 4.2倍 |
| 1億5,000万円 | 532.5万円 | 1,495万円 | +962.5万円 | 2.8倍 |
| 2億円 | 1,050万円 | 2,700万円 | +1,650万円 | 2.6倍 |
表の見方:左が話し合いをまとめて2つの制度を使えた場合、右が分けられないまま法律で決まった割合で申告した場合です。差額は申告期限までに現金で用意する必要がある金額の差になります。
重要ポイント:遺産が少ないほど倍率は大きくなります。遺産8,000万円では8.8倍ですが、2億円では2.6倍です。基礎控除に近い水準ほど、制度が使えるかどうかで結果が極端に変わります。
計算ロジック:自宅の土地3,000万円に小規模宅地等の特例を当てると80%減の2,400万円を引けます。基礎控除は3,000万円+600万円×3人で4,800万円。配偶者の税額軽減は、取得割合に応じた税額を上限まで差し引く形で計算しています。
相続税そのものの計算手順は、下記の記事で解説しています。

代表例として遺産1億円のケースを、計算の段階ごとに分解します。
| 計算の段階 | 分けられた場合 | 分けられなかった場合 |
|---|---|---|
| 遺産の評価額 | 1億円 | 1億円 |
| 小規模宅地等の特例による減額 | △2,400万円 | なし |
| 課税価格 | 7,600万円 | 1億円 |
| 基礎控除 | △4,800万円 | △4,800万円 |
| 相続税の総額 | 300万円 | 630万円 |
| 配偶者の税額軽減 | △150万円 | なし |
| 納める相続税 | 150万円 | 630万円 |
表の見方:上から順に計算していくと、どこで差がつくかがわかります。減額と控除が2段階で外れることで最終的な差が生まれています。
重要ポイント:課税価格の段階ですでに2,400万円の差がつき、さらに配偶者の税額軽減150万円が使えません。合わせて480万円の差になります。
計算ロジック:分けられなかった場合は、法律で決まった割合(配偶者2分の1・子4分の1ずつ)で取得したものとして相続税の総額を計算し、そのまま納めます。取得者が決まっていないため、配偶者の税額軽減を差し引く計算ができません。
この差額は、あとから取り戻せる性質のお金です。ただし取り戻せるのは早くても1年以上先で、いったんは期限までに現金で納めなければなりません。
つまり問題は税額そのものだけではありません。手元の現金で630万円を用意できるかという資金繰りの問題になります。
遺産の大半が自宅の土地という家庭では、ここでつまずきます。預貯金は分けられないので引き出せず、不動産も分け方が決まらないので売れないためです。
重要ポイント:納税資金が足りない場合は、期限までに分割で納める申請をする道があります。申請そのものが申告期限までに必要なので、足りないと分かった時点で税理士に相談してください。
相続税を納められないときに取れる手段は、下記の記事で整理しています。


分けられないまま10か月が来ても、打つ手はあります。期限内に決められた形で申告しておけば、あとから正しい税額に直して返してもらえます。
逆に、何もせずに期限を過ぎると話が変わります。申告しなかったこと自体に対する加算税と延滞税が上乗せされるうえ、あとから取り戻す道も閉じます。
ここでは、期限内に何を出しておけばよいか、いつまでに何をすれば取り戻せるかを順に見ていきます。
相続税の申告期限は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月です。相続人に認知症の人がいることを理由に延ばしてもらうことはできません。
分けられていない場合は、法律で決まった割合で取得したものとして計算して申告します。配偶者と子2人なら、配偶者2分の1・子4分の1ずつで計算します。
この申告は仮のものではなく、正式な申告です。納税もこのとおりに済ませる必要があります。
申告期限の数え方は下記の記事で詳しく解説しています。

期限を過ぎてしまった場合に何が起きるかは、下記の記事で解説しています。

ここが分かれ目です。申告書と一緒に1枚の書類を出しておくかどうかで、将来取り戻せるかどうかが決まります。
その書類は「申告期限後3年以内の分割見込書」といいます。3年以内に分ける予定であることを届け出る書類で、国税庁の様式が用意されています。
この届出を出し忘れると、あとで話し合いがまとまっても2つの制度を使えません。差額はそのまま戻ってこないお金になります。
重要ポイント:出すのは申告書と一緒のときが原則です。やむを得ない事情があると税務署長が認めた場合に限ってあとから出せる決まりもありますが、認められる保証はありません。税理士に依頼する際は、この書類を出すかどうかを必ず確認してください。
参照元:国税庁 B1-5 相続税の申告書の提出期限から3年以内に分割する旨の届出手続
話し合いがまとまったら、正しい税額を計算し直します。納めすぎていた分は税務署に返してもらう手続きを取ります。
この手続きを更正の請求といい、分けられたことを知った日の翌日から4か月以内が期限です。申告のときと違い、期間が短いので注意してください。
逆に計算し直した税額が増える場合は、修正申告をして差額を納めます。こちらには4か月のような期限はありません。
重要ポイント:2つの制度が使えるようになるのは、原則として申告期限から3年以内に分けられた場合に限られます。3年を過ぎてからまとまっても、そのままでは戻ってきません。
代わりに判断する人の選任に時間がかかったり、家庭裁判所での話し合いが続いたりして3年を超えることもあります。その場合の救済も用意されています。
裁判所での争いが続いているなど一定の事情があるときは、3年を経過する日の翌日から2か月以内に承認申請書を出します。税務署長の承認を受ければ期間が延びます。
承認を受けたあと、分けられるようになった日の翌日から4か月以内に実際に分ければ、2つの制度を使えます。
重要ポイント:この申請も期限を過ぎると受け付けられません。3年目が近づいたら、まとまる見込みがあるかどうかを税理士と確認してください。
参照元:国税庁 B1-6 遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請手続
日付が4つ出てくるので、時系列で並べます。起点はすべて「亡くなったことを知った日」です。
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重要ポイント:4つのうち最も見落とされやすいのは最初の届出です。10か月の時点で1枚出しておくだけで、その後3年分の選択肢が残ります。
分けられないまま申告する場合の具体的な進め方は、下記の記事で詳しく解説しています。


ここまでは相続人の側が認知症である場合を見てきました。亡くなった人の側が認知症だった場合には、別の問題が起こります。
生前に書いた遺言や、生前に渡した財産があとから無効だと主張されることです。争いになれば分け方が振り出しに戻り、相続税の計算もやり直しになります。
どこで無効になるのか、無効にしないために何を残しておくべきかを整理します。相続が始まってからできることは限られるため、判断の材料をそろえておくことが要点になります。
遺言は、書いた時点で本人が内容を理解できていたかどうかで有効性が決まります。認知症の診断を受けていたというだけでは無効になりません。
問われるのは診断名ではなく、その日に、その内容を理解して書けたかどうかです。同じ人でも日によって状態が違うため、書いた日の記録が重要になります。
争いになりやすいのは、内容が一部の相続人に極端に偏っている場合です。受け取れなかった相続人が、書いた当時の状態を持ち出して無効を主張します。
生前贈与も同じ枠組みで判断されます。本人が贈与の意味を理解して渡していなければ、贈与そのものが成立しません。
よくあるのは、同居している家族が本人の通帳から自分の口座へ資金を移していた形です。本人の意思が確認できないと、贈与ではなく預かり金と扱われます。
その場合、そのお金は亡くなった人の財産として相続税の対象に戻ります。申告に含めていなければ、あとから追徴されます。
重要ポイント:贈与を受けた側が贈与税の申告をしていても、それだけでは贈与の成立を証明できません。本人が理解していたことを示す記録が別に必要です。
争いを防ぐ方法は、書いた日・渡した日の状態を記録に残しておくことに尽きます。相続が始まってからでは作れない資料です。
【残しておくと役に立つ記録】
特に効くのは、第三者が本人と直接やりとりした記録です。家族だけで完結している資料は、身内に有利に作られたと疑われます。
実際に争いになった場面を3つ挙げ、それぞれの対策を示します。共通しているのは、記録の不在です。
【事例1】自宅を長男に相続させる遺言が無効と主張された
【事例2】母の口座から長女の口座へ移していた資金が申告漏れになった
【事例3】判断できない状態で交わした不動産の売買が取り消された
確認しておく項目を並べます。1つでも空欄が残るなら、争いになる余地があります。
重要ポイント:相続が始まったあとに作れる資料はカルテの取り寄せだけです。残りはすべて本人が元気なうちにしか用意できません。親の判断能力が気になり始めた時点で着手してください。
参照元:e-Gov法令検索 民法

ここまで見てきた問題は、どれも本人の判断能力が失われた後に起こります。裏を返せば、その前であれば避けられます。
備えは4つあります。4つとも、本人が理解して契約や作成ができる状態でなければ使えません。ここが期限のない期限です。
どれを選ぶかは、何を避けたいかで決まります。話し合いを避けたいのか、不動産を動かせる状態にしておきたいのか、相続税そのものを減らしたいのかで選ぶものが変わります。
目的が違うため、優劣ではなく用途で選びます。横に並べて違いを見ます。
| 備え | 何ができるようになるか | 認知症になった後は | 相続税を減らす効果 |
|---|---|---|---|
| 遺言を書いておく | 話し合いそのものが不要になる | 書けない | 分け方次第で減らせる |
| 家族に財産の管理を任せる契約を結ぶ | 不動産の売却や管理を家族が続けられる | 結べない | それ自体にはない |
| 生前に財産を渡しておく | 相続時の財産を減らせる | 渡せない | あり |
| あらかじめ代わりに判断する人を決めておく | 自分で選んだ人に任せられる | 契約できない | それ自体にはない |
| 共通点 | — | 4つとも本人の判断能力が前提 | — |
表の見方:3列目がすべて「できない」で揃っている点がこの表の要点です。どれも判断能力があるうちにしか着手できません。
重要ポイント:相続税を減らす効果があるのは、遺言と生前贈与の2つです。残りの2つは財産を動かせる状態を保つための備えで、税額そのものを下げる仕組みではありません。
最も効果が大きく、費用も低いのがこれです。誰が何を受け取るかが書いてあれば、相続人に認知症の人がいても話し合いは要りません。
この記事で見てきた問題のほとんどが、遺言が1通あるだけで起きなくなります。代わりに判断する人を立てる必要もなくなります。
ただし完全ではありません。遺言で財産を受け取る人が相続の手続きを進める場面では、認知症の相続人の意思確認を求められることがあります。
また、最低限の取り分を請求する権利は遺言でも奪えません。請求するかどうかを認知症の相続人が判断できないため、ここで代わりの人が必要になる場合があります。
遺言があるときの相続税の考え方は、下記の記事で解説しています。

本人が元気なうちに、財産の管理と処分を家族に任せる契約を結んでおく方法です。家族信託と呼ばれます。
効果が大きいのは不動産です。本人の判断能力が落ちた後も、任された家族が売却や建て替えを進められます。施設の費用を自宅の売却でまかなう場合に使われます。
注意点は、これ自体に相続税を減らす効果がないことです。財産を動かせる状態を保つ仕組みであって、課税される財産を減らす仕組みではありません。
仕組みと相続税との関係は、下記の記事で詳しく解説しています。

元気なうちに財産を渡しておけば、相続時の財産が減り相続税も下がります。4つの中で唯一、税額に直接効く備えです。
ただし渡し方によっては効果が出ません。亡くなる前の一定期間に渡した財産は、相続税の計算に足し戻されます。早く始めるほど効きます。
本人の判断能力が落ちた後は渡せません。代わりに判断する人が選任された後も、その人が本人の財産を減らす贈与をすることは認められません。
渡し方と、まとまった額を渡す制度については下記の記事で解説しています。


判断能力があるうちに、将来任せたい人を自分で決めて契約しておく方法です。任意後見と呼ばれます。
この記事の前半で見たとおり、家庭裁判所に決めてもらうと家族が選ばれるのは16.4%です。あらかじめ契約しておけば、自分で選んだ人に任せられます。
契約は公正証書で作り、実際に判断能力が落ちた時点で家庭裁判所に申し立てます。監督する人が選任されて、はじめて効力が生じる仕組みです。
重要ポイント:この形をとると監督する人が必ず選任されます。相続のときにもう1人立てる手続きが不要になり、話し合いに入るまでの期間が短くなります。
参照元:裁判所 成年後見制度(後見・保佐・補助)の概要を知りたい方へ

遺産の分け方が決まれば相続は終わります。ところが、そのために立てた人の役目は終わりません。
この点を知らずに申し立てて、後から戸惑う家庭が多くあります。一度始まると、本人が亡くなるまで続くのが原則です。
相続の手続きのためだけに使える制度ではないことを理解したうえで、申し立てるかどうかを決める必要があります。続くことで何が変わるのかを見ていきます。
遺産分割のために選任された場合でも、分け方が決まった時点で自動的に終わるわけではありません。
制度は本人の生活と財産を守るためのもので、相続の手続きはその一場面にすぎないという考え方です。本人が亡くなるか、判断能力が回復するまで続きます。
第三者が選ばれていれば、その間ずっと報酬が本人の財産から支払われます。金額は家庭裁判所が毎年決めます。
本人が80代前半で選任され、その後10年以上続くこともあります。相続の手続きにかかる費用としてだけ見積もると、想定が大きく外れます。
選任された後、本人の財産の使い道は本人の利益のためだけに限られます。家族の都合で動かすことはできません。
影響が大きいのは相続税の対策です。本人の財産を減らす生前贈与は、原則としてできなくなります。本人の財産が減る行為だからです。
自宅の売却にも家庭裁判所の許可が要ります。本人が住んでいる不動産を売るには、売る必要性が本人の利益にかなうと認められなければなりません。
重要ポイント:本人が高齢の配偶者である場合、次の相続が近い可能性があります。その間の相続税対策が止まることも、申し立てる前に計算に入れてください。
次の相続まで含めた配分の決め方は、下記の記事で解説しています。

家族の都合でやめることはできません。目的だった相続の手続きが終わったことも、やめる理由にはなりません。
終わるのは、本人が亡くなった場合と、判断能力が回復して家庭裁判所が取り消した場合です。回復が認められる例は多くありません。
選ばれた人を交代させることはできますが、不満があるというだけでは認められません。職務を果たしていないなど、はっきりした理由が必要です。
重要ポイント:申し立てる前に、法律で決まった割合で分ける方法で済ませられないかを検討してください。不動産がなく預貯金が中心なら、立てずに進められる場合があります。
申し立てた後に「こんなはずではなかった」となる場面を挙げます。いずれも事前に確認しておけば避けられます。
【行き違い1】長男を候補者に書いたのに司法書士が選ばれた
【行き違い2】分割が終わった後も報酬の支払いが続いた
【行き違い3】次の相続に備えた贈与ができなくなった
申し立てる前に確認する項目です。
重要ポイント:最後の1つが抜けていると、申立てそのものが認められません。案を作る段階から税理士に入ってもらうと手戻りが減ります。
参照元:裁判所 成年後見制度(後見・保佐・補助)の概要を知りたい方へ

ここまで見てきたとおり、この相続では期限までに何を出しておくかで納める金額が数百万円変わります。判断する場面が多く、やり直しがきかないものも含まれます。
しかも家庭裁判所の手続きと税務の手続きが並行して進みます。両方の期限を押さえながら分け方を設計できるかどうかで結果が変わります。
相続税の対応実績がある税理士に早い段階で相談し、複数の事務所から見積りを取って比べることをおすすめします。
この相続で差がつくのは、計算の速さではなく期限までに何を出しておくかの判断です。経験のない事務所では、この判断そのものが抜け落ちます。
【実績のある税理士が押さえていること】
金額で見ると差は明確です。【シナリオ】遺産1億円で相続人は配偶者と子2人、配偶者が認知症というケースで比べます。
差は480万円です。同じ申告期限に、同じ書類を出すかどうかだけで生まれます。
計算ロジック:2つの制度が使えない申告では相続税の総額630万円をそのまま納めます。分けられた後に2つの制度を適用し直すと150万円まで下がり、差額が戻ります。戻せるのは届出を出していた場合だけです。
相続税の申告はどの事務所でも同じ結果になると思われがちですが、この相続では提案の中身が大きく違います。見積りを3〜5の事務所から取れば、実務経験の差がそのまま見えます。
判定ポイント1:分け方の提案が何パターンあるかA税理士は法律で決まった割合の1案だけ、B税理士は代わりの人を立てる場合と立てない場合で4案を出してきた。→ B税理士の方が、家庭裁判所の手続きを含めた設計に慣れていると判定できます。
判定ポイント2:期限管理が見積りに書かれているか「申告期限後3年以内の分割見込書の提出」「分割後4か月以内の更正の請求」が業務範囲に明記されているかを見る。→ 明記がある事務所の方が、この類型の実務経験が豊富と判定できます。
判定ポイント3:次の相続まで試算しているか配偶者に多く寄せると今回の税額は下がりますが、その後の贈与ができないため次の相続で増えます。→ 両方を並べて比べている事務所の方が、認知症の相続人がいる家庭の事情を理解していると判定できます。
この相続で最も大きい損失は、追徴ではありません。本来なら戻ってくるはずのお金が戻らなくなることです。
【相談しないまま進めたときに起きること】
金額で言えば、届出を出し忘れるだけで480万円が戻らなくなります。相続税の申告報酬より大きい金額です。
重要ポイント:この負担は、複数の税理士から見積りを取って比べていれば避けられます。見積りの段階で、期限までに出す書類を説明できるかどうかを確かめてください。
相談から依頼までの流れです。相続開始から7か月以内に依頼先を決めることを目安にしてください。
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重要ポイント:STEP2で認知症の相続人がいることを最初に伝えてください。この情報があるかないかで、返ってくる提案の中身が変わります。
程度によります。判断の基準は診断名ではなく、その場で話し合いの内容を理解できるかどうかです。軽度で日常の判断ができていれば、本人が参加して決められます。
理解できない状態であれば、その人を除いて決めることはできません。家庭裁判所に申し立てて、本人の代わりに判断する人を選んでもらう必要があります。迷う場合は、医師の診断書を取って記録を残してから判断してください。
有効になりません。本人の代わりに財産を処分する権限は、家庭裁判所から与えられて初めて生まれます。権限のない人がした署名は、後から無効を主張できます。
問題が表面化するのは数年後であることが多く、不動産を売ったあとや次の相続が起きたあとに争いになります。分け方をやり直すことになり、相続税の計算もし直しです。
すぐに動けば間に合います。最高裁判所の集計では、申立てから決まるまでの期間は4か月以内が93.8%でした。相続税の申告期限は10か月なので計算上は余裕があります。
ただし申立ての準備に2か月ほどかかり、決まった後も財産の評価と申告書の作成が必要です。動き出しが相続開始から4か月を過ぎると余裕がなくなります。
その申告では使えません。ただし永久に使えなくなるわけではありません。申告書と一緒に「申告期限後3年以内の分割見込書」を出しておけば、3年以内に分けられた時点で適用し直せます。
適用し直したあと、納めすぎた分は返してもらえます。手続きは分けられたことを知った日の翌日から4か月以内です。この届出を出し忘れると、遺産1億円の例で480万円が戻らなくなります。
出られません。自分も相続人である場合、母の利益を守る立場と自分の取り分を求める立場が同じ人に重なるためです。民法はこの状態を認めていません。
この場面だけ母を代理する人を、家庭裁判所にもう1人選んでもらいます。例外は監督する役の人が別に選任されている場合ですが、選任されているのは全体の3.4%にとどまります。
終わりません。制度は本人の生活と財産を守るためのもので、相続の手続きはその一場面にすぎないという考え方です。本人が亡くなるか、判断能力が回復するまで続きます。
第三者が選ばれていれば、その間ずっと報酬が本人の財産から支払われます。また本人の財産を減らす生前贈与は原則としてできなくなるため、次の相続に向けた対策も止まります。
相続人に認知症の人がいると、遺産の分け方を決められないまま申告期限だけが進みます。この相続で結果を分けるのは、期限までに何を出しておくかという一点です。
今すぐ取るべき行動
※本記事は2026年9月時点の法令・税率に基づいて作成しています。税制改正や個別の事情により取り扱いが異なる場合があります。具体的な手続きについては税理士または税務署にご相談ください。